劫の血潮と刹那の触れ合い

 それまで落ち着いていた乗客たちがてんでんに動き始める。

 そろそろどこかへ着くアナウンスかと思って、俺は窓の外へ視線を向けた。

 陽光を受け止め、きらきら輝く息吹を立たせている大海原。結構なスピードで進んでいるはずなのに、その水平線は途切れない。

 やがて目を凝らせばなにかが見え始めた。

 最初はもやがかかったかのようにうっすらと。それからは徐々に形がくっきりする。先端の尖った建物が一つ二つと、水平線からひょっこり現れた。

 デンシャはスピードを緩めながら高度を下げていった。車窓から見える景色が一変する。


「海中に駅があるんだ」


 ジェノバユノスに言われてようやくわかった。デンシャは海の中へ入ったのだ。

 声も出せなかった。

 ただ、怖いというよりは、なにかのアトラクションに乗ってわくわくしている感じ。次はどうなるんだろうと窓の向こうを凝視した。

 デンシャのスピードは海へ入っても死んでないように体では感じる。

 デンシャは静かに止まった。

 人の動く気配して振り返れば、ジェノバユノスがもう立ち上がっていた。


「アキ、降りるぞ」

「うん」


 インヘルノもジェノバユノスに続く。

 たとえば洞窟のような感じ。海中にあるというプラットホームの空気はひんやりしていて、ぴんと張り詰めている。大声を出したらどこまでも通りそうだ。

 はるか前方に上へと伸びるエスカレーターが見えた。


「あのさ、ジェノバユノス」

「なんだ」

「ここの人たちが連れてる……ペット? 犬みたいなあれ。ずいぶん大人しいんだね」

「ロボットだからな」


 ぱっと目を向けた。前の人が連れている、インヘルノよりだいぶ小さな犬を、今度はまじまじ見た。

 となりを歩くインヘルノにも目をやる。


「言っとくが、インヘルノはロボットじゃない」

「わかってるよ。前に触ったとき、あったかかったから」


 体温は、生きているものの証だ。

 勝手にそう思って口にしたけど、ジェノバユノスは否定しないから、あながち間違ってないのかもしれない。

 動物の中でも、極めて、インヘルノは特別な存在なんだと、なんとなくわかっていた。

 喋れるし、ペットとして連れ歩くには獰猛な見た目をしているのに、だれも怖がらない。それは俺もしかり。サイズが連れているからというのも多分にあるのかもしれないけれど、初めて目にしたときから不思議な存在だとは思っていた。

 そういえばと気づいて、俺はジェノバユノスを見上げた。真っ直ぐ前を見ている青い瞳を横から覗いた。


「ジェノバユノスは違うよな?」


 笑いながら訊いた。

 あいだは少しあったけど、ジェノバユノスは俺へと視線を下げ、口角を上げた。


「まさか」

「うん。冗談」


 と言いつつ、俺は目に入った手首を掴んでいた。

 思いのほかジェノバユノスはびっくりしたらしく、いきなり立ち止まった。

 予想外の反応で俺は慌てて手首を放す。


「ごめん」

「いや」

「でも、うん。やっぱりちゃんとしたヒトだ。あったかいもん」


 俺は、周囲の流れへ身を任せるようにエスカレーターへ乗り、後ろになったジェノバユノスを振り返った。




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