太陽の君

「ヒューマノイドやロボットは、個人で所有するものも、企業や団体、国で所有するものも、大概が専門の工場で作られる。設計からなにから自分一人でやっちまうのは、いまはサイズぐらいなものだ。そうやって個人で作る場合も、工場でも、ロボットにはすべて設計、組み立て、組み込み、所有に関するいくつかの制約がある。そして、コンピュータと同じく、ユーザー情報の登録は必須だ」

「なるほど。持ち主の名札が、どこかには入ってるってことか」

「だが、治安局にごっそり持っていかれると、解析結果が公になるまでやたら時間がかかるんだよな」


 ダーグーニーへ向かう船内で、ジェノバユノスから、アルドはシステムダウンという最悪の事態は免れたと聞かされた。しかし、その情報は簡易ニュースから拾ったもので、ジェノバユノスも詳細はわからないということだった。

 サイズが再起動させたエレベーターで下へ着いたとき、こっちがびっくりするくらい周辺は落ち着いていて、ロボットが行き来しているだけだった。

 就寝の時間帯というのもあったかもしれない。ドアシステムも落ちていたらしいから、それぞれの部屋で足止め状態だったのかもしれない。

 車が停まった。俺たちは降りると、今度はエレベーターに乗った。

 上へ向かっている。


「あのヒューマノイドの狙いは、やっぱりサイズだったのかな」

「それは定かじゃないが、いっても皇子さまだからな。狙われる要素は十二分にある」

「いままでにもこういうことってあった?」

「……こういうことってのは?」

「サイズが狙われるようなことだよ」

「ああ。まあ、なかったと言えば嘘になるがな。ただ、あんなに大掛かりで周りくどいことは、極めて稀だ」


 エレベーターが目的の階に着いた。ずいぶん長いこと乗っていたような気がする。

 ドアが開くや、大勢の声が耳へ飛び込んできた。

 ずっと静かなところを通ってきたから、いきなりの賑やかさに俺はびっくりした。

 全面ガラス張りの窓から差し込む陽光に、エレベーターから降りてすぐ目が眩んだ。だだっ広いフロアでひしめき合う黒山の人だかりにも。

 まさしく、老若男女だった。

 船に乗る人がこんなにもいるのかと思ったけど、どうやらそうじゃないようにも見えた。船着き場へのエレベーターがあるこっちと、背の低いパーティションで仕切られている。

 だれかを出迎えようと、待っているのかもしれなかった。

 パーティションの向こうの人たちは、ほとんどが携帯用の端末を手にしていた。それをこっちへ向けている人もいる。

 まるで写真を撮る格好だ。

 しかしその目は、俺が戸惑っているうちに、がやがやと四方八方へ散った。


「すごい人だね。ジェノバユノス」

「ああ」

「あの人たち……だれかが来るのを待ってるのかな」


 見上げながら俺が問いかけると、ジェノバユノスは肩を竦めた。


「たぶんな」

「……だれだろう?」


 ジェノバユノスはなにも答えず、目線をどこかへ投げた。


「それよりも、アキ。このあとに乗る電車の切符を手配してくるから、ちょっとここで待っててくれ」


 そう言い残して、ドアの向こうへと足早に消える。

 大勢のいるあっちと隔たっているとはいえ、ぽつんと取り残された感は否めない。俺はとっさにしゃがみ、そばにいたインヘルノを撫でまくった。

 それがいささか乱暴だったかなと心配になったけど、気持ちよさそうに目を細めているし、しばしビロードのような毛を撫でた。

 不意に、インヘルノはゴールドの瞳を見開き、耳をぴんと立てた。

 人々の声に、黄色が混じる。

 なにかと俺も目を上げると、それまでいろんな方向へいっていた顔が一点に集まっていた。

 俺は思わず腰を上げた。

 パーティションで仕切られてあるだけの通路の奥にもドアがあり、その前に四、五人が立っている。

 明らかに、周囲の大勢とは格好が違う。見えるところになにかしらの武器を携帯しているし、軍服っぽい装いだ。

 中でも、中央の人はルックス込みで一際存在感が違う。服装こそ、ほかの四人よりはそれらしくないものの、上に立つ人間だというのは窺えた。サイズやジェノバユノスと同等の長身で、端正な顔立ち。なにより、肩を越すくらいに長い銀色の髪が目を引く。

 見つめていたら、その人と目が合った。

 にっこりとされる。こっちへ真っ直ぐに歩いてきた。

 インヘルノが俺の前にさっと出た。

 銀髪の人はそれに気づくと、少し手前で足を止めた。

 見た感じ、年齢も、サイズやジェノバユノスと同じくらいだと思う。

 腰から剣を下げている。サイズが持っているものより細身のやつだ。

 ただ見つめるだけの俺に、その人はさらに目を細め、頭を下げた。サイズが最初に見せた、あのお辞儀だった。

 向こうがなにかを言う。しかし、俺には理解できない言葉だ。

 サイズやジェノバユノスとばかり喋っていたから忘れていたけど、この世界の共通言語が俺はわからないんだった。


「あ、あの……」


 どうしたものかと困惑していたら、手が伸びてきた。サイズから預かったペンダントを、目の前の人が指先で掴んだ。

 そこにまた別の手が入ってくる。

 目をやると、ジェノバユノスが険しい顔で立っていた。

 ジェノバユノスは俺の前に大きな体を入れ、一言二言、銀髪の人になにかを言った。その声は異様に低く、明らかに警戒の色を含んでいた。




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