第689話 死なない程度のダメージなら、問題ないという事だな?

 ミールの分身体が特攻をかけた後、ワームホールからは何も出てくる様子はない。


 しかし、ワームホールが閉じる様子もなかった。


 僕は芽依ちゃんの方をふり向く。


「芽依ちゃん。橋本君を連れて《水龍》へ行ってくれ。そこでエネルギーと、弾薬の補給を受けるんだ」

「北村さんは、補給しなくて大丈夫なのですか?」


 エネルギー残量にチラッと視線を走らせた。


 けっして、大丈夫とは言い切れないが……


「僕の方は、まだ大丈夫だ。君たちの補給が終わったら、僕も《水龍》へ向かう」


 二人が《水龍》へ向かうのを見届けてから、僕は《海龍》へと向かった。


 待てよ。下手に《海龍》に近づいたりしたら、またワームホールを閉じられてしまう。


 閉じられる前に、紫雲でワームホールの向こうを偵察してみては……


 プシトロンパルスはダメだったが、電波はワームホールを通れるようだし……


 紫雲一号に指令を送り、ワームホールへ向かわせた。


 しかし、ドローンがワームホールに入るところをイリーナに見られるのはまずいな。


 紫雲二号に指令を送り、イリーナ達のいる司令塔の上に上げてみた。


 撃墜されるかもしれないが、敵が二号機に注目している間に一号機をワームホールに入れられればいい。


 だが、イリーナたちはそれどころではなかったようだ。


「まだ連絡が取れないの!?」


 イリーナが、通信機を操作している部下をヒステリックに怒鳴りつけている。


 どこと連絡を取っているのだ?


「通信機は繋がっているようですが、向こうに誰も応答できる者が……」


 だから『向こう』って、どこだよ!?


「通信機は繋がっている? カ・モ・ミールに、通信機を壊されたわけじゃないのね。でも、時空穿孔機はやられていないかしら?」


 どうやら、ワームホールの向こうと連絡を取ろうとしているようだな。


「とにかく、時空穿孔機が無事なら、早くワームホールを閉じないとロボットスーツ隊が戻って来ちゃうわ! 急いで連絡して!」

「そう言われても……」


 今はワームホールを、閉じられないのか?


 ん?


 不意にミーチャがイリーナの手をふりほどいた。


「あ! 待ちなさい!」


 数歩も行けないうちに、ミーチャは別の兵士に捕まってしまう。


「ヤダ! 放して!」

「大人しくしろ!」


 別の兵士が、ミーチャの腹にパンチを叩き込んだ。


 子供になんて事を……


「うううう」


 涙を流して苦しむミーチャに、イリーナが顔を近づける。


「ミーチャ君。逃げるとこういう目に遭うのよ。だから、大人しくしましょうねえ」

「どうして?」

「ん?」

「どうして、僕の見る先に、ワームホールが現れるの?」


 まずい!


「それはね。ミーチャ君はレム様と……」


 イリーナが話す前に、僕は紫雲のスピーカーのスイッチを入れた。


「やい! イリーナ!」  

 

 僕の方を……つまり紫雲二号の方をイリーナは向いた。


「カイト・キタムラのドローン!? いつの間に?」


 むしろ、なぜ今まで気がつかなかったのか聞きたいところだが……今はそれより……


「おまえ達の誰かの心臓停止が、対人地雷のスイッチだというのは嘘ではないな?」

「ええ。嘘ではないわ。試しに撃ってみる?」

「つまり、死なない程度のダメージなら、問題ないという事だな?」

「え?」


 紫雲二号に指令を送った。


 ミーチャを殴った兵士の腹に、体当たりをするようにと。


「うごうおぉぉ!」


 二号の体当たりを食らった兵士は、司令塔の上で腹を押さえてのたうち回る。


 二号の方も壊れてしまったかと思ったが、センサーのいくつかが死んだだけで意外と大丈夫なようだ。まだ飛べる。


「腹を殴られると、このぐらい痛いという事は知っているか?」


 兵士は、恨みがましい目で僕を睨みつけてきた。


「なんだ! その目は! まだ足りないか!」


 今度は、紫雲二号を兵士の顔面にぶつけた。


 二度、三度、四度と……


 さすがに紫雲二号にもダメージが蓄積して飛行機能を喪失し、司令塔の上に落ちたが、兵士も血塗れになって倒れ、ピクピクとケイレンしている。死んではいないが…… 


 スピーカーは生きているかな? 大丈夫なようだ。


「いいか! 次にミーチャに乱暴を働いた奴は、こいつと同じように心臓が止まらない程度に制裁する。分かったな!」


 顔面蒼白になったイリーナたちは、無言でコクコクと頷く。


 そして、言うまでもない事だが、この騒ぎの隙に紫雲一号はワームホールに突入したのだった。

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