第621話 ノック

 ジジイが籠もった小部屋があるのは、傾斜路出口から三十メートルほど離れたところ。


 僕たちはその反対側の小部屋に陣取り、そこからドローンを放って第四層の偵察を続けていた。


 ドローンから送られてきた映像は、六体のミニPちゃんがプロジェクションマッピングで壁に映し出している。


 本体のPちゃんは、部屋の奥で床に座り込んでいた。


 何もしないで座り込んでいるように見えるが、そこで六体のミニPちゃんをコントロールしているという事になっているのだが……


 それにしても、牧歌的な光景だな。


 第四層は通路や小部屋だけでなく、直径三十メートルほどの円形の広場が五つあった。


 地下施設の床は、通路も小部屋もタイルが敷き詰められていたが、円形広場だけは中央に土が盛られ牧草が繁茂している。


 その牧草を、ヒツジやヤギが食べていた。


 血なまぐさい戦いとは無縁の平和な光景。


 この戦いが終わったら、ヒツジでも飼って平和に過ごすのもいいかな。


 小部屋の扉がノックされたのは、そんな妄想を浮かべているときの事。


「誰だ?」


 扉の向こうから返事はない。


 ただ、ノックはいつまでも続いている。


 小部屋の中を見回した。


 小部屋の中にはミールとPちゃん、それにキラ、ミク、ミーチャに変装したアンドロイド、そしてロボットスーツをまとった僕と芽依ちゃん、橋本晶がいる。


 地下施設に入ったメンバーは全員ここにいた。


 ジジイをのぞいて……


「ルスラン・クラスノフ博士なら、まだ正面の小部屋に居ます」

「芽依ちゃん。なんで分かるの?」

「博士が山頂基地で気絶している間に、体内にチップを打ち込んでおきましたので」


 なるほど。


「しかし、ジジイではないとすると……」


 帝国兵か?


 しかし、扉に仕掛けたカメラには何も映っていない。


 カメラの範囲外にいるようだ。


 しかし、扉をノックし続けるとなると、カメラの範囲から出られない。


 いや、身長の低い子供ならカメラの範囲外だ。


 あるいは大人が座り込んでいるのか?


 そうだとしても誰だろう?


 山頂基地から誰か来たのか?


 と思って問い合わせてみたが、アーニャもレイホーも山頂基地にいた。


 馬美玲だけは、ヘリで《海龍》へ食料を取りに行っているらしい。


「そういえば、そろそろお腹が空きましたね」


 そう言って橋本晶は日本刀を抜いた。


 何をするつもりだろう?


「隊長。私は、ちょっと外へ食料調達に行ってまいります」

「え? 食料なら携行食が……」

「現地調達できるなら、それに越した事はないでしょう」

「まあ、そうだが……」


 調達って? 何を調達する気だ? まさか!? いや、その前に……


「待て。今、扉の外に誰かいるのだぞ」

「大丈夫です。新聞の勧誘なら『ネットがあるからいらない』と言っておきます。宗教なら『うちは仏教だ』と言って追い払います。受信料の集金なら『口座引き落としにしている』と言ってお引き取り願います」


 いや、この惑星にそんなのはいないから……


 レム教の勧誘はありそうだが……


「いや、そうじゃなくて敵かもしれないだろう」

「敵なら、切り捨てればそれで済む事です。なにも悩む事はありません」


 そう言って橋本晶は扉を開く。


「おお!」


 扉を開くなり、彼女は感嘆の声を上げる。


 何が居たのだ?


「まさか、そっちから来てくれるとは!」


 扉の隙間から、白い小さな生き物が入ってくる。


「メェェェ」


 子ヤギじゃないか。扉を叩いていたのはこいつか。


 脅かしやがって……


「まあ、可愛い」


 芽依ちゃんが目を輝かせて子ヤギを見つめる。


「ユキちゃんみたい」


 ユキちゃん? ああ! 確かハ○ジが可愛がっていた子ヤギがそんな名前だったな。


 その時、橋本晶は満面の笑みを浮かべて振り返った。


「隊長。喜んで下さい。食料の方から来てくれました」


 ちょっと待てい! それを食う気かあ!? 

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