第567話 再燃。入れ墨問題。

 格納庫は爆煙に包まれた。


 地上の様子は見えないが、どうやら仕留しとめられなかったようだ。


 爆煙の中では可視光線は通らないが、赤外線は通過できるため、熱源体がその中を移動しているのが分かる。


 もうしばらくしたら、爆煙の中からさっきの球体が姿を現すだろう。


 ふいにPちゃんが僕の方を振り向く。


「ご主人様。母船が通信を求めています」

「つないでくれ」

「はい」


 モニターに現れたのは、電脳空間サイバースペースの香子。


 カルカで再会した香子と違い、二十代前半の若い姿をしている。


『海斗。さっき送られて来た球体機動兵器の映像を照合した結果、一致する機動兵器のデータが見つかったわ』

「どうだった?」

『ロシア製の機動兵器で名称はイワン。西暦二千八十年頃に開発された兵器よ。地球上で実戦に使われた記録はないけど、植民惑星で使われたという情報があるわ』

「それで、スペックは?」


 香子は首を横にふる。


『《イサナ》のデータベースには、外見のデータしかないの。レーザー砲を出してこなければ、イワンかどうかも特定できなかったわ。球体機動兵器は、米国も日本も中国も作っていたけど、外見上の差異がほとんどないの』

「イワンが、レーザー砲を搭載していることは分かるのか?」

『内蔵しているレーザー砲を出している映像があったからね。出力までは分からないけど。他にもガトリング砲や、多関節マニピュレーターを出している映像があったわ』

「防御力は?」

『それは分からない。少なくとも、ロケット砲の一発や二発じゃ倒せないと思うわ』


 だろうな。


『それと海斗。ついでに確認したい事があるのだけど、今いいかしら?』

「なんだい?」

『ここ数日、体調に異常はない?』

「いや……特には」

『そう。頭の中で、誰かの声が聞こえるとかいう事はない?』


 はあ?


『その顔だと、ないみたいね』

「当たり前じゃないか。いったいなんでそんな事を……まさか!?」

『数日前、海斗のコピーを一人作ったの』


 やっぱし……


『シンクロしていないか確認する必要があったのだけど、どうやら大丈夫みたいね?』

「おいおい……大丈夫で無かったら、どうするつもりだった?」

『その時は、こっちのコピー人間を処分するわ』

「処分って……殺人だぞ」

電脳空間サイバースペースの海斗には、万が一の時コピー人間を殺処分することへの同意書に署名捺印してもらったから。コピー人間の海斗にも、その記憶があるから大丈夫よ』


 いいのかな? 法律上の問題とかは……


『とにかく、そちらの海斗に問題がないと分かったので、コピーは地上に降ろすから、自分と同じ顔の男に出会う事があっても驚かないでね』

「いいけど、どこに降ろすの?」

『カルカよ』

「カルカ? リトル東京じゃないのか?」

『リトル東京にはもちろん行くけど、最初にカルカにいるあたしのコピーを回収してから、二人でリトル東京へ向かうわ』

「そうか。しかし、移動手段はあるの?」

『カルカでは、飛行船を用意してもらう事になっているの。そうそう。リトル東京へ出発する前に、あたしのコピーに求婚プロポーズすると言っていたわ』


 なに!? いや、落ち着け。それをやるのは、僕ではなくて僕のコピーだ。


 ふいにミールが僕にしがみついてくる。


「では、海斗さん。さっそく、コピーと見分けが付くように入れ墨タトゥーを……」


 忘れていた! コピーが出来たら、入れ墨タトゥーを入れる事になっていたんだ。


「待て! ミール! それは作戦が終わってから……」

『ミールさん。入れ墨タトゥーなら必要なくなったわ』

「え? いらないのですか?」

『コピーの海斗に、先に入れ墨タトゥーを入れておいたから』

「なんだ、残念」


 いや、助かった。


「ちなみに、どんな入れ墨タトゥーを入れたのだ?」

『アルファベッドの『K』の文字を額に』


 香子は言うと同時に、画像データを送ってきた。


 デザインされた『K』の文字が額に入っている自分の……いや、自分そっくりの顔がそこにあった。


 なんかヤダなあ。


 すまん。コピー君。僕の代わりにこんな顔にされてしまって……


 もし、地上で出会えたら、お詫びに一杯奢ろう。


「あら! かっこいいわね」


 え? 『かっこいい』って、何を言っているのですか? アーニャさん。


「本当。なかなかいかすわ」


 馬艦長まで……


「お兄ちゃん。かっこいい」


 ミクまで! この流れでいくと……


「カイトさん。みんなもこう言っている事だし、あれと同じ入れ墨タトゥーを入れましょうよ」


 やっばり、こういう展開になったか……


「待って下さい! ミールさん。北村さんに入れ墨タトゥーを入れる話は、別のコピーと区別するためですよ」


 芽依ちゃん。君なら止めてくれると思っていたよ。


「メイさん。それは分かっていますけど、おしゃれで入れ墨タトゥーするのもいいじゃないですか」


 良くない。


「ミールさん。同じデザインの入れ墨タトゥーを入れたら、見分けがつかなくなるじゃないですか。違うデザインにしないと」


 え? 止めてくれるのではないのか?


「そうでした。ではどうしましょう?」

「向こうの北村さんが『K』なのだから、こっちは『L』にして対抗しないと」


 なんで『L』なら『K』に対抗できるのだ?


 意味が分からないが……


「とにかく、入れ墨タトゥーの話は作戦が終わってから考えよう」

 

 爆煙の中から、球体機動兵器イワンが姿を現したのはその時だった。

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