第559話 意外な過去

「二つのうち一つは……」


 レムは矢納さんの遺体に、侮蔑ぶべつするような視線を向けた。


「嫌いだからですよ。この男が……」


 それは、分かる。


「嫌いでしたが、この男と取引をしないと、私は現状のシステムを維持することすら困難な状態でした。だが、取引をした結果この男は、私にいろいろと無理難題をふっかけてきましてね。特に我慢ならなかったのは、北村海斗さん。あなたを殺すのに協力しろという事でした」

「僕を殺したくはないのか?」


 自分も殺されるのは嫌だが……


「ええ。殺したくありません。なぜなら、私はあなたが大好きだったから」


 は?


「あなただけでない。芽依さん」

「わ……私がなにか?」

「あなたの事も、大好きでした」

「え!?」


 どう言うことだ? こいつ、まるで僕たちの事を昔から知っているみたいに……


「そして私が矢納を殺したい二つ目の理由ですが……知りたいですか?」

「知りたいから、聞いている」

「教えてもいいですが、その代わり私の頼みを一つ聞いてもらえますか?」

「なんだ?」

「北村海斗さん。そして芽依さん。バイザーを開いて、お二人の素顔を見せてください」


 なに? なんのつもりだ?


「ああ! もちろん、バイザーを開いたら、その隙に攻撃しようなんて事は考えてはいません」


 そう言って、レムは手にしていたボーガンを放り投げた。


 水音を立ててボーガンは湖面に落ち、沈んでいく。


 だが、芽依ちゃんは油断なくショットガンを構えていた。


「攻撃しないと言いましたね。でも、口の動きを見て分かりました。口の中に何かを含んでいますね」


 なに!?


「やれやれ。さすが、芽依さん。鋭い観察眼だ」


 こいつ! やはり、以前から芽依ちゃんを知っている。


「芽依ちゃん。こいつと面識あったの?」


 芽依ちゃんはブンブンブン! と首を横に振る。


「よく見て下さい。私の口の中を」


 そう言ってレムは口を大きく開いた。


 舌の上に乗っているのは薬のカプセル。


「見ての通り、自決用毒薬カプセルです。あなたたちを攻撃できるような物ではありません。だから、安心してバイザーを開いて下さい」

「断ると言ったら?」

「その時は、仕方ありませんね。これ以上、あなたたちに情報を渡すわけにはいきませんので、このカプセルを嚙み潰します」

「待て!」


 こいつ、なぜそこまでして僕たちの顔を見たがる?


 だが、危険はなさそうなのでバイザーを開いた。


 芽依ちゃんも、少し躊躇ちゅうちょしてから開く。


 レムはシゲシゲと僕たちの顔を見た。


「若いなあ。二人とも……でも、なつかしい」


 懐かしい?


「どうやら、あなた方は私と出会う前のオリジナル体からデータを取られたようですね。これでは私を知らなくて当然」


 出会う前?


「どういう事だ? レム・ベルキナのオリジナル体は、僕たちと出会っていたというのか?」

「ええ。私のオリジナル体は日本留学中に、あなたたち夫婦のお世話になっていたのですよ」


 なんだってえぇぇ!?

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