第532話 廃工場
廃工場があるのは、アーテミスの町外れから三キロほど北へ行ったところ。
大河マオ川と、アーテミス川の合流する辺りにある中州に建てられていた。かつては、この辺りで採集した砂鉄を、ここで製鉄していたらしい。
建物はほとんど石造りで、その中に屋根から巨大な煙突が突き出た一際大きい建物がある。
あそこで鉄を溶かしていたのだろうか?
その周辺にある、小さな建物群は宿舎かな?
それにしても……
「壊れている建物が多いな。戦争の時に壊れたのかな?」
何気なく言った僕の言葉に、分身体ではない本物のオレークが答える。
「戦争で壊れた建物もあるけど、ほとんどは洪水で壊れたんだ」
「洪水?」
「俺が生まれる前、アーテミスの町はここにあったんだ。それが洪水で流されて、町を今の場所に移したって母さんに聞いている」
「なるほど。で、盗賊団がいるのは、あの一番大きな建物か?」
オレークは無言で頷いた。
『ご主人様』
通信機から、Pちゃんの声が流れる。
『ドローンが上空に達しました。これよりデータを送ります』
中州上空のドローンから、航空写真が送られてくる。
横から見たときは、壊れかけとは言え頑丈な石造りの建物に見えたが、上から見ると屋根がほとんど抜け落ちている。
周囲を石壁に囲まれている場所に、テントを張って雨露を
瓦礫に偽装して、大砲を隠しているのも上からだと丸見えだった。
この調子なら、下にいる人間の動きも赤外線で丸見えだな。
さっそく、ドローンから赤外線で観測。
そのデータを航空写真と重ねた結果、中州にいる熱源体の数は三百。
そのうち五十は馬のようだ。
人間は二百五十。
やはり、五百人というのは、誇張していたようだな。
『ご主人様。蛇型ドローンを投下します』
今回使う蛇型ドローンには
しばらくしてドローンからの情報が集まり、内部の状況が分かってきた。
どうやら廃工場内部には、アーテミスの町から拉致された人たちもいるようだ。それも、子供が多い。
残念だが、ミクの姿はまだ見つからない。
「カイトさん」
ん? ミールの方を振り向く。
「みんなを、ここに呼びましょう」
そうだな。みんなもミクが心配だろうし、本物のミクが拉致された以上、もう囮作戦も意味がないか……
さっそく、アーテミスに散らばっているみんなに緊急召集をかけた。
その前に、ベジドラゴンたちを呼んで、アンドロイドの回収を頼むのは忘れていない。
「さてと」
中州とこちらの岸の間には、石橋が一本かかっている。中州へ渡る唯一の手段のようだ。
橋の入り口に小屋がある。見張りがいるのだろうな。
ドローンからの観測では、小屋の中に熱源体は二つ。
「オレーク。どうすれば、金をもらえると聞いている?」
僕の質問に、オレーク本人ではなく、分身体の方が口を開く。
「女の子から盗った紙束を、見張りに差し出して『これを届けにきた』と言えば、金がもらえると聞いていた」
よし。奴らが本当に約束を守るか見てみるか。
憑代の束から、数枚の憑代を引き抜いて分身体に持たせ、橋まで行かせた。
もちろん、分身体にはカメラとマイクを仕掛けてある。
程なくして、分身体のオレークは橋の見張り小屋の前に立った。
『これを届けに来た』
スピーカーからオレークの声。
映像には、三十代半ばぐらいの帝国人の男の姿が映った。男はニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべている。
ああ! こりゃあ約束破る気マンマンだな。
『おお! 話は聞いているぞ』
『約束の金貨をおくれよ』
『すまんが金貨は切らしているのでな、代わりに鉛玉をくれてやるよ』
ほら、やっぱり。
ズドン!
『おいおい。殺してしまったのかい?』
もう一人、別の男が出てきた。
『殺しておかないと、俺たちが報酬を着服した事がばれるだろ』
なるほど。オレークと実際に会っていた奴は、騙す気はなかったのか。
ただ、見張り番の奴らが横領していたという事だな。
横を見ると、本物のオレークがガタガタと震えていた。
「オレーク。こうなることは予想していたのだろう?」
「分かっていたけど……でも……もしかすると……」
「もしかすると、なんだ?」
「金貨が……もらえると……」
「そんなに、金がほしいか?」
「そんなの欲しいに決まっているだろう!」
「まあ、普通はそうだな。だが、命の危険を犯してまで欲しいと思うのか?」
「それは……」
「あそこに行っても、おまえが金貨をもらえる可能性など最初からなかった。あるのは確実な死だ」
「ちくしょう! みんなして、俺をバカにしやがって」
「ほれ」
僕は、オレークに銀貨を五枚差し出した。
「なんだよ?」
「少ないがとっとけ。これで母さんに、美味い物でも食わせてやれ」
「なめんなよ! 誰が
「そうか。いらないのか……」
手を引っ込めた。
「ああ! 待ってくれ!」
「施しは、いらないのだろ?」
「そうだけど……」
オレークは、しばらく考え込んだ。
「返す」
「何?」
「後で必ず返すから、今はその金を貸してくれ」
「いいだろう。ただし、盗んだ金は受け取らん。まじめに働いて稼いだ金で返せ」
「分かったよ」
僕はオレークの胸ポケットに銀貨を入れた。
Pちゃんから連絡が来たのはその時……
『ご主人様。蛇型ドローン七号が、ミクさんを発見しました』
ドローンから送られてきた映像では、ミクはベッドに寝かされていた。
意識はないようだ。
見張りなのか世話係なのか、ベッドの傍に若い女が一人いる。
風体からして、この女も盗賊の一味のようだ。
な……!?
この女! ミクの顔に落書きをしているぞ!
ニヤニヤと笑いながら、抵抗できないミクの顔に墨のような物を塗りたくっている。
僕は女には暴力をふるわない主義だが、こいつに関しては主義を変えよう。
「よし。行ってくる」
「ちょっと待って下さい。みんなが来るのを待たないのですか?」
「これ以上待っていたら、ミクの顔に入れ墨でも入れられかねない」
「それでは、あたしも……」
懐から木札を取り出したミールを、僕は制止した。
「どうしてですか?」
「ミール。今、君の分身体を戦闘モードにしたら、《海龍》に残してきたジジイの分身体も消えてしまうのだろう」
「そうですけど……」
「あいつからは、まだ聞き出したい事がある」
「でも、オレークの分身体を作ったので、お爺さんの分身体の持続時間はかなり短くなりましたよ」
ううむ……
「とにかく、分身体を出すのは、ギリギリまで待ってほしい」
「分かりましたけど、カイトさん一人で突入するのは……」
「大丈夫だよ」
「でも……」
「ああ、勘違いしないでくれ。僕は別に怒りに我を忘れて突入するわけじゃない」
僕はミールの手に、ミクの憑代の残りを手渡した。
「これは?」
ミールの耳元に口を寄せて、憑代をどうするか伝える。
「分かりました。お待ちしています」
僕はミールたちを残して、廃工場へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます