第531話 しがみつく式神

 少年の頭に着いていた毛皮の帽子と思っていた物には、よく見ると長い耳と赤い目があった。


 反対側には尻尾もあって、四本の足で少年の頭にしがみついている。


 間違えない。赤目だ。


 しかし、赤目は頭にしがみついているだけで、まったく身動きをしない。


「赤目。ミクはどうした?」


 返事がなかった。


「おっさん。俺の頭にしがみついている変な動物に話かけているのか?」

「そうだ」

「そいつは、さっきまで人の言葉を喋っていたけど、今は喋らなくなったんだ。死んだのか?」


 赤目の身体に触れてみたが、鼓動はない。式神だから当然か。


「この動物は、いつから君の頭に着いている?」

「俺があの女の子から紙束をった後、こいつが追いかけて来て頭に飛び乗って離れなくなったんだよ。まあ、こうなるって聞いてはいたけど……いや、なんでもない」


 こいつ、今なにか口を滑らせかけたな。


 まあいい。どうせ分身体から白状させるさ。


 その前に、赤目をこの子から引き離さないと……


 僕は赤目をそっと掴んで、持ち上げようとした。


 だが……


「痛でで……やめろ!」


 赤目は引き離されまいと、少年の頭に強くしがみつく。


 少年も痛がっているし、無理に引きがさない方がいいかな。


「ミール。赤目はどうなっているんだ?」


 ミールは、赤目の身体をでてから答えた。


「待機モードのようですね。自立モードにしないで、術者が直接分身体をコントロールしている時に、術者が気絶したりすると、最後に与えた命令を実行し続けるのです」


 つまり、ミクは最後にこの少年の頭にしがみつけと命令したのだな。


 それを今も、実行しているという事か。


 あれ? でも、待てよ……


「ミールの姉弟子さんは、術者が気絶した途端に消えなかったっけ?」

「あれは不意打ちだったから、最後の命令を出す余裕がなかったのです。ミクちゃんの場合、通信機で助けを求める余裕があったのだから、意識を失う前に最後の命令を出せたのでしょう」


 そうか。待機モードって、自動的になるわけじゃないのか。

 

「赤目を、この子の頭から剥がすことはできるかな?」

「力ずくで剥がすことはできますが、おそらくまたこの子の頭にしがみつくでしょう」


 試しにロボットスーツの力で赤目を引っ張ってみた。


「痛てて! やめろ! やめて!」


 髪の毛数本を伴って、赤目は少年の頭から離れる。


 しかし、赤目は僕の手からジャンプして、再び少年の頭に飛び乗った。


 分身体を作ったから、もう少年は解放してもいいと思っていたのだが、こりゃあもうしばらくは付き合ってもらうしかないな。


 とりあえず、逃げられないように縛っておくことにした。


「ちくしょう! ほどけよ!」

「その動物が、君の頭から離れたらほどいてやる。それまでに逃げられたらかなわないのでね」

「逃げないから、ほどけよ」

「だめだ、信用できん。トイレに行きたくなった時は言え。その時だけは、ほどいてやる」


 少年本人はそのままにして、僕は分身体の方に向き直った。


「まず。君の名前と歳を聞こうか」

「俺の名は、オレーク。オレーク・アエロフ。歳は十四」


 ミクやミーチャより、少し年上か。


「親は?」

「親父は、三年前の戦争で死んだ。母さんは病気なので、俺がスリをやらないと食っていけない」


 まあ、身の上は同情するが、それでスリが許されるわけではない。


「それで、オレーク」


 僕はオレークの眼前に憑代よりしろを突きつけた。


「君に、これを盗めと依頼したのは誰だ?」

「そいつの名前は知らない。町外れの廃工場をアジトにしている盗賊団の仲間だという事しか」

「盗賊団?」


 じゃあ、その盗賊団のトップがレムに接続されているのか?


 いや、そもそもそいつはミクだと知っていてやったのか?


「そいつには、なんと言って頼まれた?」

「白い小動物を連れた、黒いおかっぱ髪の女の子から、紙の束を盗み出せと言われた。それは上着の内側にあるショルダーホルスターに入っているはずだと」


 そこまで詳しく知っていたのなら、ミクと知って狙ったに間違えない。


「報酬は?」

「前金で銅貨五枚。紙束を廃工場まで持ってくれば、金貨をくれると。それと、紙束を盗ったら女の子が追いかけてくるはずだから、そのままスラム街までおびき寄せろと指示された」

「言われた通りにやったのか?」

「やった。女の子は俺を追いかけてスラム街に入ったところで、奴らに吹き矢を撃たれて倒れた」


 吹き矢に、眠り薬でも塗ってあったのだろうな。


「その時点で、金貨はもらえなかったのか?」

「くれと言ったのだが、もらえなかった。『金貨がほしければ廃工場まで来い』と言われた」

「なぜ。すぐに行かなかった?」

「母さんに、食事をさせてから行こうと思った。それと、万が一俺が奴らに始末されて帰れなくなった時の事も考えて、隣の姉ちゃんに母さんの世話を頼もうと思っていた。その前に捕まって、ここへ連れてこられた」


 おそらく、廃工場へ行ったら、この子は始末されただろうな。


「よし。今から廃工場に殴り込みをかけるから、案内してくれ」


 それを聞いていた男たちが慌てる。


「待って下さい! 旦那。いくら旦那が強くたって、そりゃ無謀だ。あの廃工場は、俺たちだって、恐ろしくて手が出せない。自警団だって、近づけないんだよ」

「そいつらは、何者なんだ?」

「三年前の戦争で負けた帝国軍の敗残兵が、盗賊になってあそこを巣窟そうくつにしているらしいんだが、兵隊が五百人ぐらいいて、鉄砲だけでなく大砲も持っているんだ」

「そうか。じゃあ、少しは手こずるかな」

「手こずるなんてもんじゃないですよ! ていうか、やるんですか?」

「やる。そうそう。君たちには世話になったな。約束の報酬だ」


 僕から銀貨を受け取ると、男たちは倒れていた仲間を担いで逃げるように帰って行った。


「俺は、どうなるんだ?」

「オレーク。君には悪いが、しばらく付き合ってもらうぞ」

「そんなあ」

「大丈夫。命の保証はする。これに懲りたら、盗みはやめるんだな」


 分身体のオレークに案内させて、僕とミールは廃工場へと向かった。

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