第518話 不毛な言い争い
次の朝を、僕は《水龍》で迎えた。
甲板へ出てみると、セーラー服姿のミクをモデルにして、ミーチャが絵を描いている。
「おはよう」
僕が挨拶すると、二人が振り向く。
「おはようございます。カイトさん」
「おはよう。お兄ちゃん」
キャンバスを覗き込むと、絵の中でおかっぱ頭の少女が天真爛漫な笑みを浮かべていた。
しかし……胸が実物よりかなり大きいな。
まあ、五年過ぎればそうなるのかもしれんが、ミーチャが忖度して描いたのか、ミクが描くことを強制したのかどっちかだろう。
ふと、左舷を見ると、五十メートル離れた水域を並走している《海龍》の甲板から、キラが恨めしそうにこっちを見ていた。
その横ではミールとレイホー、芽依ちゃんが僕に向かって手を振っている。
今は、ミクを除く女性メンバーは《海龍》に移ってもらっているのだ。
なんでこうなったかというと……
「ええのう。向こうの船は、華やかで」
恨めしそうに、《海龍》の方を見ているこのジジイが元凶だ。
まあ、実際はそれだけじゃないのだが……
仲間の中にスパイがいる。おそらく、昨日の作戦会議の情報は敵に漏れてしまっただろう。
だから、昨日立てた作戦の変更をスパイのいない《水龍》で行うことにした。ただし、それに参加するのはスパイの可能性がないミクとミーチャ、そして今は僕の上着のポケットに隠れているミールの分身体とミニPちゃんだけ。
ただし、いきなり《水龍》《海龍》の人員を入れ替えれば、スパイに警戒される。
だから《水龍》にはジジイがいて危険だからという理由で、人員の入れ替えを行った。
船室に閉じこめておけば? というアーニャのもっともな提案に対して、僕はあのジジイではそのぐらいすぐに脱走すると言って納得させた。
しかし、口実には使ったが、このジジイが女性にとって危険であるのは事実なんだよな。
「こっちの船は、女っ気がさっぱりじゃな」
ジジイがそう言ったとたん、ミクはムッとした顔になり……
「なによ! 美女なら、ここにもいるでしょ!」
ジジイは面倒臭そうに、ミクの方に視線を向ける。
「女は、顔が良ければ良いというものではない。女はやはりボン! キュ! バーン! じゃ。ナインペタンなんかいらんわ」
「ムカつく」
ミクは懐から、人型を取り出した。
やばい! ここでアクロなんぞ召還されたら……
「ミクさん。動かないで」
「あ! ごめん、ミーチャ」
よし! ミーチャ。よくミクを止めてくれた。
ミーチャにはカメラ的記憶があるから、ミクが動いても絵を描くのに支障はないわけだが、ミクはその事に気がつかなかったようだな。
ミクに関心を失ったジジイは、僕の傍に寄ってきた。
「のお、若者よ。ワシも向こうの船に……」
「却下!」
「そう言わずに……」
「船室に閉じこめられないだけマシだと思え」
「老い先短い年寄りが頼んでいるのに、おぬしには敬老精神というものがないのか!」
「尊敬に値する老人を敬う気持ちならあるが、良い歳して女の尻を追い回すような変態ジジイを敬う気持ちは微塵もない」
「まったく、近頃の若い者は……」
「あんたは若い時に、老人を敬っていたのか?」
「も……もちろんじゃ」
「じゃあ、あんたが学生の時に乗っていた通学電車に、老人が乗ってきたら、ちゃんと席は譲ったのか?」
「馬鹿者! ワシが一度占領した席。誰が譲るか!」
「ふうん。やっぱり、そうなんだ」
「ああ! いや待て! ちゃんと譲っておったぞ」
今さら遅い。
「まったく、嘆かわしい世の中じゃ」
嘆かわしいのは、おまえだ!
「ん?」
ジジイは、ミーチャを見て怪訝な顔をした。
「のお、若者よ。あの少年は誰じゃ?」
まさか、今度はショタコンに目覚めたか?
「あの子は、ミーチャ・アリエフ。元は帝国軍の少年兵だったが、今は僕の庇護下にある。ミーチャがどうかしたのか?」
「いや……どっかで会ったような気がするのじゃが……はて?」
どうやら、ショタコンに目覚めたわけではないようだが、どうしたのだろう?
「お食事の用意ができました」
声の方をふり向くと、ロンロンが料理を乗せたワゴンを押して来ていた。
料理と言っても、トーストと目玉焼きだが……
「こっちの船は、アンドロイドまで男の子か。まったく」
「
「ロボットなんて、どうせ作り物だからいいじゃろ」
「だめだ。「作り物だからいい」なんて考え、僕は認めない」
「おまえが、認めなくたってワシには関係ないわい!」
「この艦隊にいる限り、僕の認めない事をする事は許さない」
「横暴じゃ! この独裁者め」
「嫌なら、船から降りるんだな」
「こんなところで、降りろというのか」
「大人しくしているなら、次の港に着くまでは乗っていていい。悪さをするなら、今すぐ川に叩き込む」
「よいのか? おまえは、ワシの知識がほしいのではないのか?」
「必要なことは、あんたの分身体から聞き出した。もうあんたに用はない」
「ひどい奴じゃ! ワシから知識を
「飲み比べで負けたら、何でも教えてやると言ったよな。約束を果たしてもらっただけだ」
「グヌヌ……ああいえばこう。おまえは、見かけと違って性格悪いのう」
「ああ、性格の悪さは自覚している」
「自覚しているなら、治そうと思わないのか」
「だったら、あんたもそのスケベイな性格を治せ」
「無理じゃ」
「だったら僕も無理だ」
不毛な言い争いをしている間に、ロンロンの用意してくれた朝食はすっかり冷めてしまった。
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