第503話 別れの宴

 部屋に入ってきたのは、アーリャさんだけではなかった。


 ライサをはじめ、村の若い娘五人が着飾って料理を手にして入って来たのだ。


「アーニャさん。これは?」

「せっかく珍しいお客さんが来てくれたのに、バタバタしていて、ろくにもてなす暇もなかっただろ。明日は帰るのだし、最後の一晩ぐらいゆっくりとうたげを楽しんでおくれ」


 それはありがたい。


「本来なら、野外で月でも眺めながら盛大にやりたいところだけど、ドローンに見つかったらまずいだろ。狭いけど、この部屋の中で我慢しておくれ」

「いや、お気遣い感謝します」

「ところで、何かあったのかい? ミールちゃんもPちゃんも、お兄さんの後ろに隠れて?」

「実は……」


 手短に経緯いきさつを話すと、アーリャさんは頭に手を当てた。


「まったく、あのスケベオヤジが……」


 村娘たちは、料理を載せた盆をテーブルの上に置くと、地下道に入って行った。


「すまないね。スケベオヤジが迷惑かけて。ところで、オヤジに何か聞きたい事があったそうだけど、聞き出せたかい?」

「あるていど有益な情報を聞き出せたけど、まだ聞きたい事が……」

「そうかい。それなら予定通りに……」


 え? 予定通りに何を?


 聞こうとした時、地下道に入った娘たちが戻ってきた。


「アーリャさん。ジジイどこにもいません。逃げた後です」

「そうか。まあ今は、あんなオヤジの事は忘れて、宴を楽しんでおくれ。村の奇麗どころも、そろえたし」


 え?


 村娘たちは僕の前に並ぶと、ニッコリと微笑み、スカートのスリットから、ちらりと太股を露わにした。


 ええっと、僕の目のやり場は……


「ご主人様。なに、エッチな目をしているのですか」


 下を見ると、胸ポケットからPちゃんが僕をジト目で睨んでいた。


「してない! えっちな目なんかしてないぞ」


 そこへミールが、掌で僕の目を覆い隠す。


「カイトさん! 見てはなりませぬ! 心を乗っ取られてしまいます!」


 いや、乗っ取られないから……相手はレムじゃないし……


「ほらほら。目隠しなんかしていたら、この子たちの踊りを見られないだろ」


 え? 踊り?


「それにね。ミールさん」


 そこまで言って、アーリャさんはミールに何かを囁いたようだ。


「なるほど、そういう事でしたか」


 何を納得したのか分からんが、ミールは僕の目を覆っていた手を離す。


 ミールに目隠しされている間に、村娘たちは演奏の準備をしていたようだ。


 楽器の事はよく分からないが、一人はバイオリンのような弦楽器、一人はフルートのような笛を手にして、ライサはエレクトーンを用意していた。


「アーリャさん。この村でエレクトーンまで作っていたの?」

「いやいや、これはこの前来たリトル東京の使節からのプレゼントだよ。ライサがえらく気に入っていてね」


 三人の少女が演奏を始めると、二人の少女がそれに合わせて舞踊る。


 これはなかなか……


「ご主人様。なに、ふとももと胸ばかりチラチラ見ているのですか」

「しょ……しょうがないだろ! 目に入っちゃうんだし……」


 それにせっかく舞いを披露してくれているのに、見ないのは失礼じゃないか。


「もう。カイトさんてば、エッチなんだからあ」


 ミールまで、そんな事言うのか……


 ん? いたたまれなくなって視線を反らすと、地下道入り口付近で、アーリャさんとナージャが重そうな樽を、二人がかりで持ってニヤニヤと笑っていた。


「アーリャさん。その樽は?」

「ああ、これはね。お酒だよ」


 地下道の扉がスライドして、ジジイがい出してきたのはその時……


「うほお!」


 ジジイは、すっかりスケベ色に染まった目で、踊り子たちを眺め回す。


 その背後で、アーリャさんとナージャが地下道の扉を閉じて、その上に重い酒樽を載せているのにも気づかずに……


 それを見たライサは、エレクトーンの前からそっと離れて部屋の扉まで行って鍵を掛ける。


 これって、まさか……


「父さん。もう逃げられないよ」

「え? しまった!」


 やっぱり。最初からジジイをおびき出すのが目的か。


「仕方ない。若者よ。わしと勝負しろ」


 勝負?


「わしとの勝負に勝ったら、なんでも教えてやろう。だが、わしが勝ったらここから出してもらおう」

「何で、勝負しようというのだ?」


 ここでジジイに有利な勝負を持ちかけられたら、『そんな勝負には応じられない』と言ってジジイを縛り上げるつもりだが……


 ジジイは、地下道への入り口を塞いでいる酒樽を指さした。


「わしと飲み比べをするのじゃ。一杯ずつ飲んで、先に酔いつぶれた方の負けじゃ」

「仕方がない。その勝負、受けて立つ」

「ご主人様。『仕方ない』と言いながら、にやけていませんか?」

 

 胸ポケットからPちゃんが、疑わしげ視線を向けてくるがここは気が付かないふりをして……


「さて、さっそく勝負に入ろうか。爺さん」

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