第502話 その情報に対する報酬は?

 確かに妙だと思っていた。


 同じマトリョーシカ号から降りてきた人達なのに、帝国人はカートリッジを使い果たしたとたんに科学文明を失い、一方でこの村の人達は電灯などを自作している。


 電灯だけでなく、生活に必要な物はほぼ自作していた。


 帝国の方はナーモ族奴隷がいなければ、十六世紀水準の生活を維持するのも難しいときているのに。


 この違いは、いったい何だろうと思っていた。


 二十二世紀の人達はプリンターに頼り切って、物作りを忘れてしまった。だから、《イサナ》や《天竜》には、技術を持っている二十一世紀人のデータを入れたわけだが、マトリョーシカ号などの初期の亜光速船には、二十二世紀人のデータしか入れていなかったので、現地に着いてから科学文明の維持にかなり苦労したそうだ。


 苦労はしたが、さすがにそこまで文明が後退する事はなかったという。二十二世紀にも、技術者がまったくいないわけではないからだ。


 アーリャさんが言っていた職人会という組織の人達がいたのだ。マトリョーシカ号には、その職人会の人達のデータがあったので、この村にはある程度の科学文明がもたらされていた。


 ということは、ジジイが消したという人材のデータとは……


「職人会の人達のデータを消したのか?」

「そうじゃ。物作りの技術を継承していた者がいなければ、いくら科学知識があってもそれを生かすことはできんからな。それと、わしのデータも消した」

「あんたの?」

「娘は思い違いをしているが、わしは職人会などという堅苦しい組織には所属しとらん。ガラス工芸は趣味で覚えた。そもそも、わしは二十一世紀人じゃ」

「二十一世紀人?」

「レイラ・ソコロフからも聞いたかもしれんが、マトリョーシカ号の目的の一つは、同時複数再生されたコピー人間が発狂する原因を調べる事じゃ。それには、わしが必要になるかもしれんという事で、わしのデータも入れられたのじゃ」


 なるほど。脳間通信機能が原因かもしれないという予測はあったのだな。


「おや? 酒がなくなった。おかわりくれ」


 ジジイは、空になったショットグラスを差し出した。


「もうない」

「そうか。では、話はここまでだな」


 このクソジジイ……


「あんたには、責任感というものはないのか!?」

「責任? わしになんの責任があるというのだ?」

「レムが、こんな事を始めた事に対して……」


 いや、それってこのジジイの責任じゃないよな。


「わしはレム君を止めたぞ。やるべき事はやった。後は、おぬしらで好きにやってくれ」

「だから、せめて情報をくれ」

「レム君に関する情報なら、もう十分じゃろう」

「レムの事はもういい。あんたは、式神を研究していたのだろう。北島の地下施設で、式神が使えなくなったんだ。原因が分かるなら教えてくれ」


 正確には式神ではなく、ミールの分身体だが……


「北島の施設で、式神が使えなくなっただと?」

「原因は分かるか?」

「知らん」

「あ! 爺さんにも、分からないんだ。だったら、もう帰っていいよ」

「待て、待て。まったく分からんとは言っておらん。心当たりならあるぞ」

「心当たり? 報酬ほしさに、適当な事言っているんじゃないのか?」

「そんな事はない。おぬし、わしらが北島の地下施設にいて、そこでレムに接続されていたことは知っているな?」

「ああ、知っている」

「北島のコンピューターが破壊されたとたん、わしらとレムの接続が切れた事は聞いたか?」

「聞いたけど」


 レムのコンピューターは、惑星上に複数存在していた。コンピューターの一つが破壊されても、すぐに別のコンピューターがバックアップに入るので、レムとの接続が途切れるはずはないのだ。


 それなのに、なぜか地下施設にいた人達の接続は切れてしまった。


「レイラ・ソコロフは、原因不明と言っていた」

「そうじゃろうな。わしは、あいつに原因を話していないからな」

「原因を知っているのか?」


 ジジイは頷いた。


「スーホから聞いている。そして、おそらくそれは式神が地下施設で使えない理由と関係がある」

「なんだって?」

「若者よ。知りたいか?」

「知りたい」

「その情報に対する報酬は?」

「う!」

「言っておくが、美女以外の報酬では話せんな」


 このクソジジイ……


 ドアがノックされたのはその時……


「北村さん、ミールさん。入っていいかい?」


 アーリャさんの声……


「いかん! わしはちょっと隠れるぞ」


 ジジイは慌てて地下道へ姿を隠した。


 何も自分の娘から逃げることないのに……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る