第355話 賞金首

「アーニャさん。あ……あ……あの、交渉役って? 私に、いったい何を期待しているのですか?」


 芽依ちゃんは、蒼白な顔をしていた。


「え? もちろん、ロボットスーツで敵の本陣に降りて、レイラ・ソコロフに会見を申し込むのよ。ロボットスーツなら撃たれても大丈夫でしょ?」

「そりゃあ……撃たれても、平気ですけど……」

「レイラ・ソコロフに会ったら、ロータスにリトル東京が味方に付いたことを伝えて、撤退するように説得してほしいの」

「説得って……私が……ですか?」

「ええ。リトル東京を代表できるのは、この中であなただけだし……ちょっと! 大丈夫!?」


 卒倒しかけた芽依ちゃんを、僕は慌てて支えた。


「芽依ちゃん! 大丈夫か?」

「だ……大丈夫です。ちょっと、目の前が暗くなっただけで……ですけど、会見なんて……」

「無理かな? この前、オルゲ……敵の提督に降伏勧告はできたじゃないか」

「あれは、マニュアル通りに言っただけなので……会見なんて、何を話せばいいか分かりません」


 ううん……


「アーニャさん。芽依ちゃんに、会見はちょっとハードルが高いかも……」

「どうして?」


 ううん……コミュ障じゃない人に、コミュ障の悩みは理解できないだろうな。


「とにかく。芽依ちゃんには無理です」

「困ったわね。北村君がリトル東京の名前を出して、後で問題になっても困るし……」

「要はロータスにリトル東京が味方についたとナンモ解放戦線に分からせて、撤退させればいいのですよね。それなら、上空からドローンで呼びかけるぐらいでもいいのではないでしょうか?」

「そうね」


 早速 《海龍》に連絡を取り、飛行船タイプのドローンを飛ばしてもらった。


「ところで北村君」

 

 ドローンが来るのを待っている時、アーニャが僕の耳元に囁いた。


「あれは良くないわね」


 あれとは?


「空砲とはいえ、人に銃を向けるなんて……」


 実弾撃った、あんたが言うな!



 そんな事をしている間にドローンからの電波が届き、執務室の壁にPちゃんがプロジェクションマッピングを投影した。


 映し出されたのは、ドローンから送られてきたロータスの空撮映像。


 色とりどりの屋根を見下ろしながら、映像はやがて町外れに……


 町並みは水路によって途切れた。


 ロータスの西側は幅三十メートルほどの運河が流れていて、その対岸は建物がほとんどなく耕作地が広がっている。


 本来この時間なら耕作地で作業する人達がいるはずだが、今は誰もいない。


 全員運河の東側に避難しているのだ。


 そして、耕作地の中では……


「うちの畑が!」


 映像を見ていた議員の一人が、悲鳴を上げる。


 耕作地の中では、武装勢力が布陣していたのだ。


 そこにあった作物がどうなったか言うまでもない。

 

 それにしても……町長の言うとおり、まったく統率がとれていないな。


 そこでは、数人から数十人の小集団が、それぞれ好き勝手に陣地を構築していたのだ。


 いい場所を取ろうとして、仲間同士で小競り合いをしている様子も見える。


 確かに、これじゃあ帝国軍には勝てないな。


 それにしても困った。


 これじゃあ、レイラ・ソコロフの本陣がどこなのか分からない。


 しばらく飛び回っているうちに、砲兵陣地を見つけた。


 僕はアーニャの方を向く。


「先にあれだけでも潰しておきますか?」

「だめよ。こっちから、攻撃したら向こうも引くに引けなくなるでしょ」


 ふいにミールが僕の袖を引いた。


「あれを追いかければ、本陣が分かるのでは……」


 ミールの指さす先を見ると、陣地の間を走っている人が見えた。


「あれは、何をやっているんだい?」

「あれは伝令兵ですよ。通信機とか無いから、あれで連絡を取り合っているはずです」

「そうか! ではあいつが行く先に……」

「本陣があるはずです」


 伝令兵はしばらくして、一つの陣地に入っていく。


 結構大きな陣地だ。


 他の陣地と違って大きなテントも張ってあるし、本陣のようだな。


「よし。芽依ちゃん。あの陣地に向かって話かけて」

「は……はい」


 大丈夫かな? 芽依ちゃん、かなり緊張しているみたいだけど……


 芽依ちゃんは、マイクのスイッチを入れた。


「ああ。テステス……ただいまマイクのテスト中。本日は晴天なり」


 それはやらなくていいから……


「ナンモ解放戦線のみなさん、聞こえますか?」


 聞こえたようだ。


 テントの周囲を警備していた兵士達が、一斉に上を見上げた。


「ナ……ナンモ解放戦線の皆さん。お願いします。お話を聞いて下さい」

 

 集音マイクのスイッチを入れた。地上にいる兵士達の声がスピーカーから流れる。


『おい。話があるってよ』『アネゴ呼んでこい』


 見張りの兵士がテントに入って行く。レイラ・ソコロフを呼びにいったのだろう。それにしても、レイラ・ソコロフは部下から『アネゴ』って呼ばれているのか?


 いや、翻訳機の誤訳だろ。


「よし、芽衣ちゃん。続けて」

「はい。せ……戦争はよくない事だと思います。ここは撤退していただけないでしょうか?」


 おい……何を言っている……


『はあ? 撤退? するわけないだろ』


 地上で聞いていた兵士達の言う事ももっともだな。


「芽衣ちゃん。先に名乗って。リトル東京の者だと」

「すみません」


 芽衣ちゃんは深呼吸してから、再びマイクを握る。


「すみません。自己紹介が遅くなりました。私はリトル東京防衛隊機動服中隊所属、森田芽衣一尉です。どうか撤退して下さい。お願いします」


 よし、奴らもリトル東京と敵対したくないだろう。このまま撤退……


『はあ? リトル東京だあ? 知らねえな』


 え?


 テントから出てきた人物は、色あせたダンガリーシャツと膝に穴のあいたスキニージーンズをまとった三十ぐらいの女。女の首には、ドクロのネックレスがかかっている。

 

 ナンモ解放戦線の首脳部って、教養あるエリートだったのでは?


 とても教養のある人に見えないな。


『アネゴ。あいつが撤退しろとか、ほざいていますが』


 見張りの兵士からアネゴと呼ばれているという事は……


 僕は町長の方を向いた。


「レイラ・ソコロフさんって……あの人ですか?」

「違うわよ!」


 悲鳴に近い声で町長は否定する。


「あの女の名はデポーラ・モロゾフ。数年前からこの周辺を荒らし回っている野盗の女リーダーよ!」


 あの風体は確かに野盗だな。という事は、ここは本陣ではなかったのか。


「まったく、よりによってあんなのまで仲間に入れるなんて……レイラ・ソコロフは何を考えているのよ」

「そんな、ヤバい人なのですか?」

「あいつの率いる野盗に殺された人の数だけで千人は越えるはずよ。あいつの首に掛けられた賞金額は……いくらだったかしら?」


 秘書らしき女性が、町長の耳元に囁く。


「金貨百枚だったわ」

「金貨百枚!」


 とたんにミールが目を輝かせて、町長の傍に駆け寄る。


「町長さん。戦闘中にあいつの首を取ってきても、その賞金もらえますか?」

「え? ええ、払えますけど……」

「カイトさん。あいつの首を取って、結婚資金にしましょう」


 いや、ミール……今はそれどころでは……


「それでは早速」

「待ちなさい! ミールさん!」


 木札を取り出したミール腕を、アーニャが押さえる。


「今は、戦闘にならないように、撤退を呼びかけているのよ」

「ええ? でも、戦闘になりそうですよ」


 ミールが指さした映像では、兵士達がドローンに向けて銃を構えていた。


 兵士達の先頭に、デポーラ・モロゾフが進み出てドローンの方を見上げる。


『やい! てめえ! リトルトーキョーだかリトルトンキンだか知らねえがな、アタイら撤退なんかしねえよ! おととい来やがれ!』


 副官らしきモヒカン頭の男が、デポーラ・モロゾフに駆け寄る。


『アネゴ! まずいすよ! リトル東京って、帝国軍でも勝てなかったのですよ』

『バーカ! ビビってるんじゃあねえよ。アタイらには、エラ・アレンスキーが着いてるんだ。リトル東京だってコワいものか』


 エラ!?


『エラならリトル東京の奴らに勝てるぜ。レイラ・ソコロフもアタイの部下にエラがいるから、仲間に入れてくれたんじゃねえか』


 エラは、あいつの盗賊団に身を寄せていたのか?


『しかし、アネゴ。エラはこの前の戦いで回復薬を使い切ったと……』

『ああ、その心配はない。昨日、レイラ・ソコロフお抱えの薬師が、新しい薬を作ってくれたから』


 カミラ・マイスキーの事か。


 それにしても、エラのような性格破綻者を仲間入れるという事は……


 僕は町長の方を向いた。


「あのデポーラ・モロゾフとかいう女、かなり残忍な性格なのでは?」

「残忍なんてものじゃないわ! あの女は悪魔よ! 生きたまま人を切り刻んで、その悲鳴を聞いて楽しんでいるような奴よ」


 エラと気が合いそうだ。


 映像を見ると、デポーラ・モロゾフは短銃を構えている。


『やい! リトル東京の! あたいの返事はこれだ!』


 デポーラ・モロゾフは短銃を撃った。


 その銃声を合図に、戦闘が始まった。

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