第345話 帰還

 闇の中に明かりが見えた。《海龍》の誘導灯だな。


 暗視ゴーグルのスイッチを入れると、昼間のような明るさになる。


 大河を航行する二隻の潜水艦が眼下にあった。


「エシャー。船が見えるかい?」

「見エル」

「じゃあ、あの上に降りてくれ」

「分カッタワ。カイト」


 胸ポケットに視線を向けた。そこからPちゃんが顔を覗かせている。


「Pちゃん。まもなく到着すると、みんなに伝えておいて」

「了解しました。それと、ご主人様」

「なんだい?」

「この人型ドローンは、まもなくエネルギー切れです。お手数ですが船に着いたら、芽依様に渡してください」

「それじゃあ、ロッドの籠に君を入れたのは、芽依ちゃんだったのか?」

「そうです。どうか、芽依様を怒らないであげてください」

「怒らないよ」


 下手に怒って、芽依ちゃんに延々と謝られる方が精神的に堪えるし……


 しかし、人型ドローンを手渡したら、僕が怒っていると思って一方的に「ごめんなさい!」を言い続けるだろうな。あれをやられると、僕が芽依ちゃんを虐めたような気分になって、憂鬱になるからやめてほしいのだけど……


 程なくして、エシャーとロッド、ルッコラは《海龍》の甲板に着陸した。


「ご主人様。ミールさん。お帰りなさいませ」「北村さん。ミールさん。お帰りなさい」


 甲板で僕達を最初に出迎えたのは、Pちゃんと芽依ちゃん。


「芽依ちゃん。これありがとう。助かったよ」

「え!?」


 人型ドローンを手渡されて、芽依ちゃんは呆気に取られる。


「小さいPちゃんって、意外と便利だったよ。こんな物を籠に入れておいてくれるなんて、芽依ちゃん気が利くね」


 相手の怒りを封じる芽依ちゃんの先制謝罪攻撃 (人によっては効果がない)を封じるには、先にこっちから誉めまくるのが有効かと思ったがうまくいったようだ。


 怒られると思っていた芽依ちゃんは、しばしの間リアクションに困っていた。


 その背後で、Pちゃんとロンロンが、果物の詰まった籠を運び出している。エシャー達ベジドラゴン達への報酬だ。


「お……お役に立てて良かったです」


 芽依ちゃんが、ようやく口を開いたのは、ベジドラゴン達の食事が半ば終わった頃。


 司令塔から艦内へ入った僕達をミクが出迎えた。


「お兄ちゃん。おみやげは?」


 あ! すっかり忘れた。と、言おうとしたら……


「はい。ミクちゃん」


 ミールが皮袋をミクに渡した。


「ロータス名物の焼き菓子ですよ」

「わあい!」


 さっそく、ミクは菓子を頬張る。それにしても……


「ミール。いつの間に、あんな物買ったの?」

「買っていませんよ。さっき、ロータスの町長が別れ際にくれたのです。『みなさんで、食べてください』って」

「気がつかなかった」


 菓子に夢中になっているミクを伴って発令所に入ると、アーニャ・マレンコフが待っていた。


「カルカに援軍要請を出しましたけど、到着は明後日になるわ」

「それは、仕方ないですね。明日の攻撃は、僕達だけで防ぐしかないでしょう」

「ロータスの戦力は聞いてきたの?」

「町長の話では民兵三百、奴隷兵百。ただ、武器が足りないそうです。帝国式のフリントロック銃とカルカ式ライフルを合わせて六十あるかないか」

「それじゃあ、五千の盗賊団が押し寄せてきたら一溜まりもないわね」

「大丈夫だよ。お兄ちゃん。そんなのアクロを呼び出せば……」

「いや、アクロでも五千はきついだろう。それにミクには、他にやってほしい事があるんだ」

「なあに?」

「向こうには、エラ・アレンスキーがいる」

「ええ!?」

「あいつと互角に戦えるのはミクだけだ。だから、ミクにはオボロを召還してもらって、空中からエラを探し出して叩いてほしい」

「分かったよ。お兄ちゃん。それは、あたしにしかできないことなんだね?」

「そうだよ。ミクにしかできない」


 キラがミーチャと一緒に発令所に入ってきたのはその時。

 

「カイト殿。それで、奴はいたのか?」


 キラの腰に、ミーチャがしがみついていた。すっかり、キラに懐いてしまったようだな。


「奴って、エラの事か?」


 無言で頷いたキラに経緯を話した。


「竜車の中で鉢合わせ!?」


 ややこしくなるから、ホテルの事は黙っていよう。


「ところで、キラ。エラが八人いる事を、君は帝国にいる時から知っていたのか?」

「いや、まったく知らなかった。今でも、信じられないぐらいだ」


 そうだろうな。


「それで、カイト殿。さっき通信機でカミラ・マイスキーについて問い合わせられたが、彼女がどうかしたのか?」

「ああ、それは……」……ん? さっき、通信機でカミラの事を問い合わせたのは、新聞か何かで事件のあらましを知っていないかと思ってやったのだが……この様子……もしかして……


「キラ。カミラ・マイスキーと面識があるのか?」

「ある」


 なに? 


「私が軍の施設に入れられた頃、時々施設にやってきては私に何かの薬を飲ませていた。病気でもないのに何で薬を? と思っていたが、今にして思うと、魔法回復薬のテストだったのではないかな?」


 治験を受けさせられていたのか。


「思えば、あの人も可哀相な人だ」


 可哀相? なんで?


「美人であったがゆえに、最悪の男につきまとわれるはめになったのだから……」


 兄弟子の事か……


「キラ。その最悪の男の事を、何か知っているのか?」

「知っているも何も、私の兄だ」


 僕とミールは同時にこけた。


「ん? カイト殿。師匠。どうかしましたか?」


 ああああ……世の中、広いようで狭い。


「キラ……お兄さんがいたの?」


 キラはミールの質問に頷いた。


「いました」

「お兄さんがいるのに、帝国を捨てちゃって良かったの?」


 ん? キラの奴、何か怒りに震えているみたいだが……


「兄がいるからこそ……私は帝国を捨てたかったのです」


 なんか……複雑な事情があるみたいだな。


 まあ、兄弟姉妹が必ずしも仲がよいものと限らない。


 僕にも姉さんがいた。決して、姉さんを嫌っていた分けではないが、何と口やかましい姉さんを少々ウザいとは思っていた。

 

 しかし、キラの様子を見るとその程度じゃないようだ。


 事情を聞こうか? 今はそっとしておこうか? と迷っているときに、Pちゃんが馬艦長とレイホーと一緒に発令所に入ってくる。


 それを見て、アーニャ・マレンコフが僕の肩を叩いた。


「それじゃあ、全員揃ったようですし、作戦会議を始めましょうか。司令官殿」


 司令官さん、呼んでいますよ……あ! 僕の事か……

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