第330話 ロータスの路地

 大きな町には、たいてい人目にはつかない路地がある。


 このロータスにも、そんな路地がいくつかあった。ここも、その一つ。


「さあ、お客さん、こちらですよ」


 娼婦の姿をした女に誘われ、一人の帝国軍の男が路地に入ってくる。

 男の目は、すっかりスケベ色に染まっていた。


「でへへ……姉ちゃん。いくらでやらしてくれるんだい?」


 ちなみに娼婦は、ミールの分身体。通りを一人で歩いていた帝国兵を誘惑して、ここへ連れ込んで来たのだ。


 何のためにかって? それは……


「ギャ!」


 男は小さな悲鳴を上げて倒れた。


 前のめりに倒れた男の首筋には、Pちゃんがしがみ付いている。


 背後から男の首筋に飛びついて電撃を使ったのだ。


「さてと」


 横道に隠れていた僕とミールが出てきて男の側に寄った。

 男の身体を仰向けにする。


「ミール」

「なんでしょう?」


 男の懐に手を入れながらミールは振り返った。


「今回は、損害賠償はなしって言ったよね」

「あははは……つい、いつもの癖で……」


 ミールは仰向けに倒れている男の胸に木札を乗せた。


 そのまま、男の横で結跏趺坐して呪文を唱える。


 程なくして、男の身体から幽体離脱でもするように、分身体が起きあがった。


「上着とズボンを脱ぎなさい」


 ミールに言われるままに男の分身体は、軍服の上着とズボンを脱いだ。その服を僕がまとう。続いて、ホロマスクの顔を、ナーモ族から帝国人の顔に変更した。


「どうだい? ミール」

「完璧な帝国兵です」

「じゃあ、ミール達は隠れていて」

「はーい」


 ミールは分身を連れて横道に隠れた。


 それを確認すると僕は男の身体を揺さぶる。


「おい! しっかりしろ」


 程なくして男は目を覚ました。


「あれ? 俺はなんでこんなところに?」

「しっかりしろ。君はここに倒れていたんだ」


 ううん……最近、僕も嘘がうまくなってきたな。いいことなのか、悪いことなのか……


「倒れていた? ええっと、確か女について路地に入って……その後、何があったっけ?」

「何か、ビリっと痺れるようなショックを受けなかったか?」

「そうだ! そんなショックを受けて……その後の記憶が……」

「やはりそうか! 君をやったのはエラ・アレンスキーだ」

「なに!? 雷魔法の? しかし、あの女は変態ではあるが、帝国の軍人だろ」

「知らないのか? あいつは軍法会議にかけられそうになって脱走したんだ」

「なんだって?」

「僕は、さっきこの路地から奴が出てくるのを見かけたのでね。路地で何かをしていたのではないかと、見に入ったんだ。そしたら、君がここに倒れていた」

「しかし、エラ・アレンスキーが脱走したとして、なんで俺が襲われるのだ?」


 いけない。考えてみれば、エラがこいつを襲う理由がない。ここは、どうするか……


「はっ! まさか」


 どうしたのだろう? この男、自分の懐に手を入れて何を……


「ああ! 財布がない!」


 え? さてはミール……さっき財布を抜いたな。


 まあ、これでこの男が襲われた理由ができたが……


「ちくしょう! エラめ! 俺の財布返せ!」

「君。この事を報告……」

「当然だ! ちくしょう! エラめ! 憲兵に言いつけてやる」


 男は路地から、走り出していった。


 これで……いいのだろうか?


 まあ、これでエラは身動きが取りにくくなるだろうけど……


「カイトさん。見事な演技でした」


 ミールが横道から出てくる。その右手には小さな巾着が……


「ミール。その財布は?」

「え! あら? いつの間に、こんな物が……嫌ですわ。ほほほほ」

 

 わざとらしい……

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