第296話 人工知能ロンロン誕生(天竜過去編)

 惑星へ向かった偵察隊からの報告が入ったのは、僕達が《天竜》に帰還した翌日のこと。


 それは、五十年前に無人探査機が送ってきた報告と少し違っていた。


 大陸の形とか地形は五十年前とほとんど変わっていない。


 野生動物の分布も……


 問題は、知的生命体の分布……


 五十年前の報告では、この惑星に一番多いのは猫耳ヒューマノイド。次に多いのがトカゲ型異星人という事になっていた。


 しかし、偵察隊の報告では、トカゲ型異星人が激減し、その代わりに地球人とそっくりな……いや、地球人が国を作っていたのだ。


 間違えなく、マトリョーシカ号から降りてきたコピー人間達。


 アーニャの言っていた通り、レムは宇宙条約で禁止された侵略行為を行っていたのだ。

 

 そして、偵察隊はさらに悪い報告を送ってきた。


 マトリョーシカ号から、八十機の戦闘宇宙機が発進したというのだ。


 前回の倍だ。


 対する《天竜》の対策は……


「嫌です」


 《天竜》の一室で僕がとある申し出を断ると、ヤンさんは意外そうな顔をした。僕が断らないとでも思っていたのか?


「いいじゃないの。減るものじゃないし」

「減るとか減らないとか、そういう問題じゃない。だいたいなんで、僕の記憶をスキャナーで読み取る必要があるんですか?」

「なんでって、人工知能AIを作るには、人間の記憶をベースにするのが手っ取り早いからだが……」

「だったから、楊さんの記憶を使えばいいでしょ」

「もちろん、私の記憶をベースにした人工知能AIも作るが、戦闘宇宙機の人工知能AIは君の方がいい」

「だったら、電脳空間サイバースペスの僕を使えばいいじゃないですか?」

電脳空間サイバースペースの君は戦闘を経験していない。前回の戦闘を生き抜いた朱雀隊、玄武隊の中で君が一番若くて優秀だった」

「でも……」


 そんな事をすると、僕の記憶を加工するプログラマーに、あんな事や、こんな事を見られて……


白龍パイロン君。電脳空間サイバースペースの君は良くて、今の君は嫌だという事はプリンターから出力された後で、何か人に知られて困るような事でもあったのかい?」

「そ……そんなの……ないです」

「では、《朱雀》のキャビンで、君とアーニャがキスしていた事は別に知られてもいいのだな?」

「だあああああ! なんで、知っているんですかあ!?」

「いや、キャビンの様子を見ようとしたら、君の上にアーニャが乗っかっているのが見えてな」


 見られていたのか……


「あ……あれは事故です!」

「分かっている、分かっている。ラッキースケベというのだろう」

「ラッキースケベ言うなあ!」

「とにかく、今度の敵は前回の倍。急いで人工知能AIを作らないと迎撃が間に合わない」

「しかし……」

「有人船で迎撃に出れば、まだ犠牲者が出る。それでもいいのか?」

「それは……」……いいわけない。


 僕はしぶしぶ承知した。

 

「ところで、楊さん。相談に乗ってもらっていいですか?」


 僕がそう言ったのは医療室へ向かう途中の通路。


「ん? なんだ?」

「アーニャの気持ちですよ。キスの後、アーニャは僕に謝ったんです。なんで謝るのかなと思って?」

「それは……」


 ん? 楊さんが口ごもった。どうしたのだろう?


「人にぶつかったら、謝るのが礼儀だろ」

「いや、そうだけど……そういうのとは、なんか違うような……」

「確かに最初は事故だったが、その後アーニャは白龍君から離れるどころか、しがみ付いてキスしていたな」

「そうなんです……て、そこまでじっくり見ていたんですか!?」

「アーニャは、白龍君が好きなのかもしれない」

「え? まさか?」

「なぜ、違うと思う?」

「だって、アーニャは僕より三つ年上だし、背も僕より高いし……」

「三つぐらいなんだ。私なんか、君より七歳年上だが全然オッケーだぞ」

「え!?」

「まあ、さすがに犯罪だから、今の君とは付き合えんが……」

「いや、僕が『え!?』と言ったのは七歳年上……」


 は! しまった! 逃げる間もなくヘッドロックをかけられる。


「七歳年上という事に、何か疑問があるのかな?」

「いえ……ありません」

「よろしい」


 ヘッドロックから解放された。


「あるいは、アーニャは死ぬ前にキスを体験したかったのかもしれない」


 え? 死ぬって誰が……


「ここだけの話だぞ。アーニャは、先がないかもしれないんだ」

「どういう事ですか?」

「アーニャの乗ってきたカプセルから、放射線が検出されたのを覚えているか?」

「ええ。プルトニウムカートリッジから漏れて……」

「プルトニウムカートリッジは問題なかった。放射線漏れなど起こしていない」

「え? じゃあ、放射線はどこから?」

「あの放射線は、アーニャの身体から出ていた」


 え? どういう事?


「知っているかい? 私達の身体をプリンターから出力する時、ほんの少しだけ不純物が混ざるという事を……」


 もちろん知っている。先に出力した製品に使った元素が微量に残っていて、次に出力する製品にそれが混じってしまうというのだ。


「ほとんど問題にならない量だと聞いていますが」

「水素からビスマスまでの元素ならそうだ。しかし、放射性物質……特にプルトニウムだと、微量でも命取りになりかねない」

「あ! それじゃあ、アーニャが出力されたプリンターに? なぜ?」

「マトリョーシカ号のプリンターは、ほとんどレムに抑えられていたそうだ。しかし、一つだけノーマークなプリンターがあった。アーニャ達はそのプリンターを使って自分達の身体を出力したのだ。だが、そのプリンターはプルトニウムに汚染されていた。恐らく、私達を攻撃するのに使ったグレーザー砲を出力するのに使ったのだろう」

「そんな?」

「だからこそ、そのプリンターがマークされていなかったのだろう。汚染されたプリンターを、生体を出力するのに使うはずがないと」

「アーニャは、もう助からないのですか?」

「それは分からない。《天竜》で回収した直後に、彼女の身体には除染用ナノマシンを投与した。もう、体内のプルトニウムはほとんど排出されたはずだ。ただ、排出されるまでに、身体がどれだけ蝕まれたか、これからの経過を見ないと分からない。助かるかどうか、医者は五分五分だと言っている」

「アーニャは、その事を知っているのですか?」

「もちろん、彼女は覚悟の上で汚染されたプリンターを使ったのだ。とはいっても、アーニャは出力されてからずっと不安を抱えて生きていたのだろう」

「可哀そうに……」

「もっとも、医者が言うには致死量にはギリギリ届いていないそうだ」

「え?」

「アーニャを出力する前に、アーニャの仲間十人が出力されていた。彼ら彼女らが先に出力される事によって、自らの体内に汚染物質を取り込みアーニャの取り込む量を減らして彼女を守ったようだ」

「なぜ、そこまでして……」

「もし、《天竜》の電脳空間サイバースペースがわけのわからない化物に乗っ取られるような事になったら、私も同じことをするだろう。誰かの一部になって生きていくなどまっぴらごめんだからな。白龍君は平気か?」

「いえ、僕だって嫌です」

「そうだろう。その時は私だって、汚染されたプリンターを使ってでも外へ逃げ出すさ。もちろん、白龍君をプリントするのは一番最後だ。先にプリンターから出る私がたっぷりプルトニウムを取り込んで、君を守ろう」

「そこまで、してもらわなくても……」


 医療室に着いた時、アーニャとすれ違った。


「や……やあ……」


 ぎこちなく挨拶した僕を見て、アーニャは驚いたような顔をする。


「白龍君! なぜ医療室に!?」

「え?」

「まさか! 私があんな事をしたせいで……」


 あんな事? キスの事だと思うけど……キスしたぐらいで、なんで医療室に行くような事になると思うのだろう?


 まさか!? この子変な病気を……いやいや、そんなはずはない!


 アーニャは、絶対そんな女じゃない!


「ああ、違うから」


 楊さんが間に入ってきた。


「あれから白龍君の身体は検査したけど、プルトニウムは出なかったから」

「そうでしたか」


 二人とも何を言ってるんだ? アーニャの体内にプルトニウムはあったけど、それは人に移るような物じゃないし……


「それより、アーニャの方はどう?」

「私は、問題なかったようです。今のところは……」

「そう。よかった」

「それでは」


 アーニャは通路の奥に消えていく。


「楊さん。今のどういう事です?」

「問題ないから、黙ってようと思っていたのだけどな」

「黙っていていい問題じゃないでしょ。プルトニウムってどういう事です? 確かに《朱雀》が帰った後、僕だけ検査されたので変だと思っていたけど……」

「聞いても、アーニャの事を嫌いにならないであげてほしい」

「どういう事です? 嫌いになるって?」

「彼女……医者から当分の間、キスはしないように止められていた」

「なぜ?」

「除染用ナノマシンは、体内の放射性物質を回収した後、尿や汗から排出されるのだけど、中には涙や唾液から出てくることもある」

「え?」

「つまり、キスをすると相手に放射性物質を移す危険があったわけだ」

「ええ!?」


 だから、キスの後で謝ったのか。


「まあ《朱雀》に乗り込んだ時点では、もうほとんど除染は終わっていたけど、念のためにキスはしないように医者から言われていたわけ」

「悪気はなかったのですよね?」

「無かったと思う。少なくとも、君に移す気なんてなくて、衝動的にキスしてしまったようだ」

「いいです。それなら」

「白龍君は心が広いな。身体は小さいけど……」


 僕達は医療室に入った。


 スキャナーを頭に取り付けられながら、僕は念を押すように楊さんに言う。  


「僕の記憶から人工知能AIを作るのは良いとして、それに「章 白龍」と名付けないで下さいよ。僕の記憶をベースにしたってバレバレになるし……」

「いいじゃないか。プログラマーにはどうせ分かってしまうし、プログラマー以外の人には、ラッキースケベの記憶は見られないし……」

「だーかーらー! ラッキースケベ言うなあ!」

 

 結局、人工知能AIの名称は龍龍ロンロンになった。

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