第285話 キャビン(天竜過去編)
船内のキャビンは、カーテンでいくつかの区画に仕切られるようになっていた。
楊さんが操縦室へ行くのを確認すると、
「男はこっちへ来るんじゃないわよ! 良いわね!」
そう言って、趙はカーテンを閉めた。
「誰が行くか! この性悪女」
「
カーテンの向こうから柳の声。
「
「何かの間違えじゃないの?」
「間違えなんかじゃない……ちょっとアーニャ! そっちは男部屋よ」
カーテンが開いてアーニャが出てきた。
出てきて、趙の方を振り向く。
「私、
するとカーテンの向こうから趙が出てきて、僕を指差した。
「ダメよ! こんな女の子みたいな可愛い顔をしているけど、これだって男よ!」
これ!?……僕も、この女を嫌いになる事にしよう。
「白龍君は、私を襲ったりはしないわ」
「ダメダメ! 男はみんな狼なのよ」
「大丈夫よ。白龍君は、もう好きな女の子がいるから、私達に興味はないと思うわ」
その通り。特に趙 麗華。おまえにはない。
「男の子が怖いなら、あなた達はカーテンの向こうに隠れていれば。私は別に平気だから」
「アーニャ駄目よ。そっちへ行っては……」
「私は平気だと言っているのよ。それとも趙 麗華さん。あなたは他に私をこっちへ行かせたくない理由があるの?」
「な……ないわよ! そんなの」
趙は渋々カーテンを閉めた。
「私ね……」
アーニャは僕と向き合うように床に座り込んだ。
「嘘をついている人は分かるのよ」
え?
「別に超能力じゃないわ。嘘をついている人は、顔の表情とか見ていたら分かっちゃうの」
「俺が嘘をついているように見えるか?」
王はアーニャの前に顔をつきだした。アーニャは首を横にふる。
「もし、王君は嘘をついていると思ったら、私はこっちへ来ないわよ」
「そうか。じゃあ、アーニャは俺を信じてくれるんだな?」
「ええ。白龍君は?」
「僕は王を信じるよ。だって、あの趙 麗華って子、言っている事が矛盾だらけだし……」
趙 麗華は王のノックを聞いていないと言っていた。それにも拘らず、自分は「着替え中だから」と言ったのに王がドアを開けたと言っている。
ノックが聞こえていないなら、ドアの向こうの相手に「着替え中だから」という事を言うはずがない。
その矛盾に、本人だけが気が付いていないみたいだ。
「そうか。白龍も俺の味方になってくれるか。まったく、何なんだよ。あの女」
「王君。今、向こうに怒鳴り込むのはやめてね。戦闘開始まで時間がないから」
「分かっているよ。《天竜》に戻ったらとっちめてやる」
しかし、なんだってこんな事を……
「白龍君」
考えこんでいると、アーニャが顔を近づけてきた。
「わあ! 近い! 近い!」
「ごめんね。ちょっと確認したい事があったの」
「え?」
「私ね。カプセルで脱出した後、
聞いた事はあるな。
「ああ。俺も一度
僕の代わりに王が答える。
「そう。私も夢は見ないと思っていた。でも、カプセルの中で眠ってしばらくしてから、自分が暗闇の中を漂っている事に気が付いたの。これは夢なのだなって思ったけど、一向に目覚める様子はない」
「幽体離脱?」
と僕が言うと、アーニャは首を横にふった。
「もしそうなら、私はカプセル外の宇宙空間に出られたはず。でも、周囲には星もなかった。ただ、暗闇があるだけだったの。そんな暗闇の中でどのくらい過ごしたのか分からない。何年も経ったのか? あるいは一瞬だったのか? 時間の感覚がマヒしていたみたいだった。ある時、暗闇の向こうに小さな光が見えた」
「光?」
「ええ。私はその光に向かって行ったの。光はだんだん大きくなっていった。そしたら、その光の中に男の子がいるのが見えたの」
なんだって!? それじゃあ!
「私は『助けて』と叫びながら、男の子にしがみ付いたわ。そして気がついたら《天竜》の医療室にいた。その時の男の子の顔が、白龍君にそっくりだった」
やっぱり。
僕はアーニャに自分の見た夢の話をした。
「そんな不思議な事があるのか?」
王はなぜか、嬉しそうな顔をしている。
「いや……俺そういう話が好きでな。そのせいでオカルトオタクと言われているけど……」
「シンクロニシティね」
その声は背後から。
振り向くと
「楊さん。いつから聞いていたのです?」
「かなり、最初から。白龍君とアーニャの間にあったのはシンクロニシティという現象だと思う。今は詳しいことを言っている時間はないけど」
楊さんは閉っているカーテンを指差した。
「ところで、この向こうで、二人は何をしているの?」
「その……」
僕は経緯を話した。
「なるほど」
楊さんは少し考えてから、王の方を向く。
「王君。あなた、騒ぎが起きる前、二人との関係はどうだったの?」
「どうって? 普通でしたよ」
「配給食を二人に届けていた時のあなたへの態度はどうでした?」
「二人というより、いつも柳 魅音だけが配給を二人分受け取っていました。趙 麗華はさっぱり顔を出さないで、騒ぎのあった時初めて顔を見ました」
「柳 魅音が配給を受け取る時の態度はどうでした?」
「どうって? とても、良かったですよ。いつもにっこりと微笑んで、俺に向かって『いつもありがとうございます』って」
「そうですか。だいたい分かりました」
楊さんはカーテンの隙間から呼びかけた。
「趙麗華さん。楊です。入りますよ」
楊さんがカーテンの向こうに行ってから、数分後、趙 麗華自らカーテンを開いた。
楊さん何を話したのだろう?
「勘違いしないでよ。《天竜》に戻るまでだからね。それまで一緒に戦ってあげるけど……」
そう言っている趙麗華の顔は引きつっていた。
それからしばらくして《朱雀》は戦闘予定宙域に到着した。
僕達は全員、BMIを装着しして宇宙機とシンクロする。
さっきまで、キャビンの中にいた僕はシンクロすると同時に宇宙空間にいた。
もちろん、これは宇宙機から送られてきたデータを元にした
周囲を見回すと、王、趙、柳、アーニャの姿があった。
本来ならそこに球体宇宙機があるはずなのだが、ここでは操縦者の姿がアバターとして表示されているのだ。
姿は見えないが、楊さんの声が聞こえてきた。
「それでは皆さん。作戦空域に向かって下さい」
僕達は一斉に敵に向かって加速を開始した。
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