第285話 キャビン(天竜過去編)

 船内のキャビンは、カーテンでいくつかの区画に仕切られるようになっていた。


 楊さんが操縦室へ行くのを確認すると、チョウは真ん中のカーテンを閉めてアーニャとリーウを自分の方へ来るように促す。


「男はこっちへ来るんじゃないわよ! 良いわね!」


 そう言って、趙はカーテンを閉めた。


「誰が行くか! この性悪女」


 ワンもすっかり喧嘩腰だ。趙の方は言い返さず、ただカーテンの下から手を差し出してカーテンから延びている紐を床の突起に結びつけて固定していた。今、船は加速中なのでこのキャビンにも1Gの重力が作用しているが、エンジンが止まって慣性航行状態になればここは無重力だ。そのときにカーテンがまくれあがらないための処置らしい。


麗華レイホー。何もこんな事しなくても……王さんは良い人よ」


 カーテンの向こうから柳の声。


魅音ミオン。あいつは良い人に見せかけていただけで、私達を襲う機会を狙っていたのよ」

「何かの間違えじゃないの?」

「間違えなんかじゃない……ちょっとアーニャ! そっちは男部屋よ」


 カーテンが開いてアーニャが出てきた。


 出てきて、趙の方を振り向く。


「私、白龍パイロン君とお話がしたいから、こっちにいるわね。戦闘開始までそんなに時間ないし、着替える必要もないでしょ」

 

 するとカーテンの向こうから趙が出てきて、僕を指差した。


「ダメよ! こんな女の子みたいな可愛い顔をしているけど、これだって男よ!」


 これ!?……僕も、この女を嫌いになる事にしよう。


「白龍君は、私を襲ったりはしないわ」

「ダメダメ! 男はみんな狼なのよ」

「大丈夫よ。白龍君は、もう好きな女の子がいるから、私達に興味はないと思うわ」


 その通り。特に趙 麗華。おまえにはない。


「男の子が怖いなら、あなた達はカーテンの向こうに隠れていれば。私は別に平気だから」

「アーニャ駄目よ。そっちへ行っては……」

「私は平気だと言っているのよ。それとも趙 麗華さん。あなたは他に私をこっちへ行かせたくない理由があるの?」

「な……ないわよ! そんなの」


 趙は渋々カーテンを閉めた。


「私ね……」

 

 アーニャは僕と向き合うように床に座り込んだ。


「嘘をついている人は分かるのよ」


 え?


「別に超能力じゃないわ。嘘をついている人は、顔の表情とか見ていたら分かっちゃうの」

「俺が嘘をついているように見えるか?」


 王はアーニャの前に顔をつきだした。アーニャは首を横にふる。


「もし、王君は嘘をついていると思ったら、私はこっちへ来ないわよ」

「そうか。じゃあ、アーニャは俺を信じてくれるんだな?」

「ええ。白龍君は?」

「僕は王を信じるよ。だって、あの趙 麗華って子、言っている事が矛盾だらけだし……」


 趙 麗華は王のノックを聞いていないと言っていた。それにも拘らず、自分は「着替え中だから」と言ったのに王がドアを開けたと言っている。


 ノックが聞こえていないなら、ドアの向こうの相手に「着替え中だから」という事を言うはずがない。


 その矛盾に、本人だけが気が付いていないみたいだ。


「そうか。白龍も俺の味方になってくれるか。まったく、何なんだよ。あの女」

「王君。今、向こうに怒鳴り込むのはやめてね。戦闘開始まで時間がないから」

「分かっているよ。《天竜》に戻ったらとっちめてやる」


 しかし、なんだってこんな事を……


「白龍君」


 考えこんでいると、アーニャが顔を近づけてきた。


「わあ! 近い! 近い!」

「ごめんね。ちょっと確認したい事があったの」

「え?」

「私ね。カプセルで脱出した後、冷凍睡眠コールドスリープ状態に入ったの。知っているかしら? 冷凍睡眠コールドスリープ中は夢も見ないって」


 聞いた事はあるな。


「ああ。俺も一度冷凍睡眠コールドスリープした事があるが、夢なんか見なかったな」


 僕の代わりに王が答える。


「そう。私も夢は見ないと思っていた。でも、カプセルの中で眠ってしばらくしてから、自分が暗闇の中を漂っている事に気が付いたの。これは夢なのだなって思ったけど、一向に目覚める様子はない」

「幽体離脱?」


 と僕が言うと、アーニャは首を横にふった。


「もしそうなら、私はカプセル外の宇宙空間に出られたはず。でも、周囲には星もなかった。ただ、暗闇があるだけだったの。そんな暗闇の中でどのくらい過ごしたのか分からない。何年も経ったのか? あるいは一瞬だったのか? 時間の感覚がマヒしていたみたいだった。ある時、暗闇の向こうに小さな光が見えた」

「光?」

「ええ。私はその光に向かって行ったの。光はだんだん大きくなっていった。そしたら、その光の中に男の子がいるのが見えたの」


 なんだって!? それじゃあ!


「私は『助けて』と叫びながら、男の子にしがみ付いたわ。そして気がついたら《天竜》の医療室にいた。その時の男の子の顔が、白龍君にそっくりだった」


 やっぱり。


 僕はアーニャに自分の見た夢の話をした。


「そんな不思議な事があるのか?」


 王はなぜか、嬉しそうな顔をしている。


「いや……俺そういう話が好きでな。そのせいでオカルトオタクと言われているけど……」

「シンクロニシティね」


 その声は背後から。


 振り向くとるびヤンさんがそこにいた。 


「楊さん。いつから聞いていたのです?」

「かなり、最初から。白龍君とアーニャの間にあったのはシンクロニシティという現象だと思う。今は詳しいことを言っている時間はないけど」


 楊さんは閉っているカーテンを指差した。


「ところで、この向こうで、二人は何をしているの?」

「その……」


 僕は経緯を話した。


「なるほど」


 楊さんは少し考えてから、王の方を向く。


「王君。あなた、騒ぎが起きる前、二人との関係はどうだったの?」

「どうって? 普通でしたよ」

「配給食を二人に届けていた時のあなたへの態度はどうでした?」

「二人というより、いつも柳 魅音だけが配給を二人分受け取っていました。趙 麗華はさっぱり顔を出さないで、騒ぎのあった時初めて顔を見ました」

「柳 魅音が配給を受け取る時の態度はどうでした?」

「どうって? とても、良かったですよ。いつもにっこりと微笑んで、俺に向かって『いつもありがとうございます』って」

「そうですか。だいたい分かりました」


 楊さんはカーテンの隙間から呼びかけた。


「趙麗華さん。楊です。入りますよ」


 楊さんがカーテンの向こうに行ってから、数分後、趙 麗華自らカーテンを開いた。


 楊さん何を話したのだろう?


「勘違いしないでよ。《天竜》に戻るまでだからね。それまで一緒に戦ってあげるけど……」


 そう言っている趙麗華の顔は引きつっていた。


 それからしばらくして《朱雀》は戦闘予定宙域に到着した。


 僕達は全員、BMIを装着しして宇宙機とシンクロする。


 さっきまで、キャビンの中にいた僕はシンクロすると同時に宇宙空間にいた。


 もちろん、これは宇宙機から送られてきたデータを元にした仮想現実バーチャルリアリティで、僕の肉体は今でも《朱雀》のキャビン内にいる。


 周囲を見回すと、王、趙、柳、アーニャの姿があった。


 本来ならそこに球体宇宙機があるはずなのだが、ここでは操縦者の姿がアバターとして表示されているのだ。


 姿は見えないが、楊さんの声が聞こえてきた。


「それでは皆さん。作戦空域に向かって下さい」


 僕達は一斉に敵に向かって加速を開始した。

 

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