第265話 いい恰好しい

「これでも食らえ!」


 エラがブラズマボールを放った。それに対して、僕は電磁石弾を投げつける。


 プラズマボールは、その磁力で軌道を反れて壁にぶつかった。


「悪あがきを。そんな手で、いつまでも防ぎきれると思うのか?」


 無理だろうな。だが……


 僕はショットガンを背中に戻して、拳銃を抜きエラに向けた。


「あははははは! まだ、分からんのか! 私に銃など通じないという事を」


 かまわず、引き金を引く。狙いは無防備の顔面。


「ぎゃああああ!」


 エラは悲鳴を上げて顔を抑える。


「顔が! 私の美しい顔が!」


 続いて、ショットガンを撃った。エラの周囲がプラズマの壁に囲まれ、磁場の動きが見えるようになったが……


 駄目だ! エラが体勢を変えても、高周波磁場の回転軸の向きは変わらない。


「芽衣ちゃん! 逃げるぞ!」

「はい」


 僕たちは通路に出た。


「北村さん」


 通路を走りながら、芽衣ちゃんが質問する。


「その拳銃は、いったい?」

「非致死性ゴム弾が入っていたんだ。これならエラを殺すことはできなくても、高周波磁場を突破できる」

「なるほど」


 その時、背後で扉の開く音がした。


「殺す! おまえら皆殺しだ!」


 食堂から出てきたエラが、僕らに向かってブラズマボールを放ってきた。


「こっちだ!」


 芽衣ちゃんの手を引いて、横の通路に逃げ込む。


「北村さんこっちは階段です」

「分かっている」

 

 船底に続く大きな螺旋階段があった。


 通路の方から、エラの声が聞こえてくる。


「どこへ逃げる? そっちは船底だぞ。お前達は袋のネズミだ」


 僕たちは階段を使わず、螺旋階段の吹き抜けを重力制御で降りていく。


「逃げたければ、逃げるがいい。だが、お前たちに逃げ場などどこにもない」


 エラが螺旋階段の上に現れるのと、僕たちが着底するのとほぼ同時だった。


「食らえ!」


 真上からプラズマボールを放ってくる。


「こっちだ」


 近くの扉から、僕たちは階段室を抜けた。閉じた扉の向こうから、爆音が伝わってくる。


「どこへ逃げても無駄だ。私の顔に傷をつけた報い。死を持って購うがいい」

 

 地獄の底から湧いてくるようなエラの声が、扉の向こうから聞こえてくる。


「芽衣ちゃん。こっちだ」


 短い通路を抜けると、厳重にロックされた部屋の前に出た。


「北村さん、この部屋は!」

「ブースト!」


 ロックを叩き壊して中に入ると、三名の技術将校らしき男たちが、驚いてこっちを振り向く。


 その中のリーダー格らしき男が叫んだ。


「なんだおまえらは!? ここが、どこだか分かっているのか?」


 僕は男に銃を突きつけた。まるで強盗だな。


「もちろん、ここに二十メガワット級の核融合炉があると知ってきたのさ」


 男の背後にある、トカマク式核融合炉を僕は指差した。


「これは、あんた達が操作していたのか?」

「そうだ! それがどうした?」

「帝国には、地球の科学知識を継承している者がいるそうだが、あんた達がそうなのか?」

「違う! そんなエリートが、こんな最前線に来るはずないだろう。我々は、ブレインレターによる促成教育を受けた者だ」


 そういう事にもブレインレターを使うのか。いや、それが本来の使い方なのかもしれない。


 ショットガンを核融合炉に向けた。もちろん、撃つつもりなんかないが、技術将校たちは慌てた。


「よ……よせ! ここでそんな物を使ったら」

「銃どころで驚いている場合ではないぞ。僕の後ろから、エラ・アレンスキーが追いかけてきている」

「エラ!? 冗談じゃない! あんな化け物を、ここに入れられるか!」

「では、君が行って、彼女にここへ入らないように説得してみるんだな」

「当然だ」


 男は一人で通路に飛び出して行った。


 しばらくして、遠くの方から声が聞こえてくる。


「アレンスキー大尉! ここから先へ行ってはいけません。お戻りください! ギャー!」


 説得は失敗だったようだ。


 僕は残った二人の将校に目を向ける。


「君たちも、説得に行くかい?」

「冗談じゃない!」「逃げるぞ!」


 二人は、核融合炉の裏側に回った。そこにある扉から逃げていく。


 おあつらえ向きに裏口があったわけか。


「芽衣ちゃん。君は、あの扉の向こうで待っていてくれ」

「北村さんは?」

「僕は、ここに残って奴をけん制する」

「それは私がやります。北村さんこそ逃げて下さい」


 え?


「何を言っているの。ここに残るのは危険……」

「危険だから、私が残ります」

「いや、女の子を危険なところに残して逃げるなんて……」

「やっぱり、北村さんって、いい恰好しいですね」


 え?


「いつも私達には危険な事をするなと言っていたくせ、自分は危険な事をして、怪我をして、最後には死んでしまって、私達がどれだけ泣いたと……」

「いや、それは前の僕のやった事で……」

「今、北村さんがやろうとしているのは、同じことです。逃げるなら、北村さんが逃げて下さい」

「いや、しかし」

「戦闘経験は、私の方が長いのです。私だって、いつまでも守られてばかりの女の子ではありません」


 確かに、芽衣ちゃんは五年間戦い続けていたのだからな……しかし……


「どっちが逃げるのか、さっさと決めてくれないか」

 

 声の方に目を向けると、入り口にエラが立っていた。

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