第260話 エラの恐怖再び

 レーザーを潰した事と、船にはナーモ族の漕ぎ手がいるから迂闊に攻撃しないようにと、カルカシェルターに伝えている途中で、電波状態が悪くなり通信が途絶えた。


 レーダー画面を見ると真っ白になっている。さっき、僕がロケット砲でばらまいた金属箔が、もっとも濃密に漂っている空域に入った影響だな。


 視界も良好とは言えない。念のため速度を落とした。


「私達が《マカロフ》へ着く前に、ミールさんとミクちゃんだけで終わっていそうですね」


 隣を飛行している桜色のロボットスーツの中から、芽依ちゃんが話かけてくる。


 この短距離なら、通信障害はなさそうだ。


「そうだと、いいのだけどね。成瀬真須美によれば、あの船にはエラ・アレンスキーがいるそうなんだ」

「大丈夫ですよ。エラ・アレンスキーさんの能力も、ミクちゃんの式神には、まったく歯が立たなかったじゃないですか」

「そうだね」


 視界が晴れてきた。レーダーも回復してきている。レーザー攪乱幕を抜けてきたようだ。


 映像を拡大してみると《マカロフ》の甲板上で、帝国兵と分身達ミールズが戦っていた。それは一方的な戦いだ。銃も剣も通じない不死身の分身達ミールズ相手に、帝国兵は為すすべもなく倒されていく。


 視線を移すと、ミクの式神アクロが、アスロックランチャーを船体からもぎ取っているところだった。それを運河に放り込むと、次は短魚雷発射管を剥がして運河に捨てる。


 対空機関銃ファランクスと爆雷投射機は、すでに潰してあった。今は、五インチ速射砲を潰しにかかっている。


 帝国兵に勝ち目があるとしたら、分身を操っているミール本人と、式神を操っているミク本人を倒す事だが、二人とも潜水艦の中にいる。


 それを攻撃する手段をすべて失った今、帝国軍に勝ち目はまったくない。


 ん? アクロの様子がおかしい。消えかかって……いや、消えてしまった。


 ミクに何かあったのか? 近くの水面には、潜望鏡もフローティングアンテナも見あたらない。これじゃあ《水龍》と連絡とれないな。分身の誰かに、通信機を持たせておくとミールが言っていたが……


 お! ミールとの通信がつながった。


「ミール。ミクに、何かあったのか?」

『カイトさん! ミクちゃんが、魔力切れで倒れてしまったのです』

「魔力切れ? だって、回復薬が……」

『回復薬ごと、吐いちゃったのですよ』

「吐いた?」

「ああ! いけない!」


 隣で、突然芽依ちゃんが叫んだ。


「ミクちゃん。船酔いに、弱かったのですよ」

「なんだって!? さっきは、平気そうだったぞ」

「たぶん、酔い止めの薬を飲んでいたのだと思います。でも、さっきの進路反転百八十度が、堪えたのではないかと……」


 あちゃあ!


「ミール。ミクが吐いたのは、船酔いのせいだ。介抱を頼む」

『分かりました』

「それと、その船にはエラがいる。出て来ても、まともに相手にしないで逃げ回れ」

『分かりましたけど……ミクちゃんが回復してくれないと勝ち目は……』

「大丈夫。エラの攻略法は考えてある。前にも、そう言って負けたけど、今度は大丈夫だ」

『はい……カイトさん! エラが現れました。戦闘に戻ります』


 通信が切れた。まあ、いい。《マカロフ》まではあと少し……


「北村さん!」


 突然、芽依ちゃんが叫んだ!


「ドローンが、こっちへ向かってきます」

「なに?」


 レーダーに、七つの光点が現れていた。


 成瀬真須美の話では、あのドローンには……


「芽依ちゃん。回避運動を! あいつは、対戦車ライフルを持っている」

「はい」


 僕達は、空中をジグザグに飛び回った。


 その近くを、熱い何かが通り過ぎていくのがロボットスーツのセンサーで分かる。目には見えないが、対戦車ライフルの弾丸だ。


 対物アンチマテリアルライフルと言うのが正しいらしいが……


 とにかく前の僕は、あれに殺された。当たるわけには行かない。


 撃ち返したいが、まだショットガンの射程外。


 しかし……発射速度遅くないか?


「芽衣ちゃん。僕がやられたという対戦車ライフルの種類とか分かるかい?」

「弾の口径が十四・五ミリという事は分かりましたが、銃は見つかっていません。推測ですが第二次大戦中の銃が使われたと思われます」

「第二次大戦中!? だから、対物ライフルと言わないで対戦車ライフルと言っていたのか」

「ええ。その時代なら対戦車ライフルという言い方が正しいですから」

 

 通信が入った。どうせ矢納さんだと思うが……


『やい! 北村!』


 ほらやっぱり……


『フラフラ飛ぶな! まっすぐ飛べ!』

「僕が、どんな飛び方しようが、あなたに指図される言われはない」

『これじゃあ、弾が当たらないだろう』

「あんたは『大人しく殴らせろ』と言われたら、殴らせるのか!?」

『俺は殴らせないが、おまえは殴らせろ』

「全力でお断りします。あなたこそ、舐めてるんですか? ドローンにセミオートライフルなんか搭載して。空中戦で、そんな物が役に立つとでも?」


 そう。むこうのドローンが搭載していたのは、セミオートライフルだったのだ。地上の目標ならともかく、これでは空中の標的には当たらない。


『しょうがないだろ。帝国のコンピューターには、旧式兵器のデータしかなかったんだ』

「なんで?」

『知るか! 俺が聞きたいぐらいだ! とにかく、この銃ならお前の装甲を貫けるから積んできた』

「いくら威力があっても、当たらなければどうにもならないんですけど……」

『やかましい!』


 そんな事を言っている間にショットガンの射程内に入った。


 芽衣ちゃんがショットガンを構える。


「壊れなさい! 潰れなさい! 滅しなさい!」


 黙って撃ちなさい。


 と言いたいところたが、芽依ちゃんは、これをやらないと撃てないらしい。大人しい大和撫子から、勇猛果敢な戦乙女ワルキューレにチェンジするための呪文のようなものだと、香子が言っていた。


 とにかく芽依ちゃんの一連射で、ドローン二機が火を噴いて落ちていく。 


 僕もそれをぼうっと見ていたわけではなく、やはり連射してドローン二機を撃ち落としていた。


 ドローンからも撃ってきたが、いくら威力があるとはいえ空中戦で単発銃が当たるわけがない。


 射手がデューク東郷なら話は別だが、矢納さんじゃ無理だろうな。

 

 残りのドローン三機と僕達はすれ違った。

 

 反転して叩くか? このまま直進して《マカロフ》にいるエラを叩いてから迎え撃つか?


 僕が決断するより早く、芽衣ちゃんが提案してきた。


「北村さん! 反転して迎え撃ちましょう」

「なぜ?」

「むこうの銃は所詮セミオートです。空中戦では当たりません。しかし、《マカロフ》の近くで戦うと、船体に隠れて狙撃してくる危険があります」

「なるほど」


 反転しようとしたとき、ミールから通信が入る。


『カイトさん。エラが二人現れました』

「なに!?」


 あんなの一人でも大変なのに、二人も……

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