第210話 Pちゃんの暴走

「うぐ」


 避ける間もなく……避ける気もなかったけど……ミールは僕の唇に唇を重ねた。


「これからは、こういう事をしても、邪魔されなくなるのですね」

「な……なんて事を……」


 芽衣ちゃんは目を丸くしていた。


「人前で、なんて破廉恥はれんちな! 気が変わりました。虫よけプログラムの解除はやめます」


 慌ててミールは芽衣ちゃんにすがりついた。


「ええ! 今さら、そんな……解除して下さい!」

「嫌です。私だって怒っているのですから……」


 芽衣ちゃんはそう言うと、Pちゃんの頭からケーブルを抜き、アンテナを差し込む。

 Pちゃんの瞼が開き、目がチカチカと光りだした。


「システム起動中」


 感情の籠らない声で、Pちゃんは厳かに言った。

 

「なあ、芽衣ちゃん。プログラムを弄っていたんだろ? 途中でやめちゃって大丈夫なの?」

「冗談ですよ。虫よけプログラムはすでに解除済みです。でも、ミールさん」

「なんです?」

「私の前で、見せつけるのは止めて下さいね。さっきみたいな事をやったら、虫よけを復活させますからね」

「仕方ないですね」


 Pちゃんの目の点滅が止まった。


「P0371 システム起動しました」


 Pちゃんは周囲をキョロキョロと見回した。不意にPちゃんの視線が、僕に固定する。


 ん? なんか、Pちゃんの様子がおかしい。僕を見る目が、なんかウルウルしているが……


「ご主人様!」


 え!? 突然、Pちゃんが僕に抱き着いてきた。


「好きです! ご主人様」

「うぐ」


 Pちゃんが僕にキスをしてきた。感触がほとんど人間と変わらない。よくできてるな……て、そんな事を感心している場合じゃない!


「Pちゃん! いったい、どうしちゃったんだ?」

「ご主人様。愛しています。もうこの心を抑えられなくなりました」

「Pちゃん何をやっているんですか! カイトさんから離れなさい」

 

 ミールがPちゃんの腕に掴みかかるが……


「ほっといて下さい。ミールさん!」


 ミールは、あっさりとふり払われる。


「あれ? あれ?」


 オロオロしている芽衣ちゃんに、ミールが縋りつく。


「芽衣さん。どうなっているんです?」

「あ! もしかして……」

「どうしたのです?」

「P0371は、北村さんに恋をしていたのかもしれません」

「ええ! だって、Pちゃんは機械なのでしょ?」

「そうですけど、人工知能P0371は人間の記憶をベースに作ったので、感情もあれば欲望もあります」

「この前は、欲望なんてないって言っていましたよ」

「嘘もつけるのです」

「なんですって!」

「それだけでなく、人間に恋だってしちゃいます」

「じゃあ、なんで今まで……」

「今までは、虫よけプログラムで、自分の恋心を抑えていたのだと思われます」

「ええ!?」


 ミールと芽衣ちゃんがそんな話をしている間も、Pちゃんの暴走は止まらない。


 ロボットスーツがPちゃんのキスマークだらけになっていく。


「おい! 芽衣ちゃん、なんとかしてくれ」

「どうしましょ! どうしましょ!」


 ダメだ! 芽衣ちゃんはオロオロするばかりだ。


「芽衣さん! 仕方ありません。虫よけプログラムを元に戻して下さい」

「ミールさん、いいのですか? そんな事をすると、またミールさんと北村さんの仲を妨害しますよ?」

「今の状態よりマシです!」

「だけど、それにはP0371の左のアンテナを外して、パソコンに繋いで停止コードを打ち込まないと……」

「じゃあ、それをやって下さい!」

「でも、今近づくと……分かりました。やってみます」


 芽衣ちゃんが、Pちゃんの背後から近づくが……


「私に近寄らないで下さい」


 Pちゃんのアンテナに手を触れる寸前で、芽衣ちゃんはふり払われてしまった。


「すみません。ダメでした」


 仕方ない。


「省電力モード解除」


 ロボットスーツの省電力モードを解除して、Pちゃんを押さえつけた。


 Pちゃんが壊れない様に慎重に……


「芽衣ちゃん! 今のうちに頼む」

「はい!」

 

 Pちゃんは首を振って抵抗するが、何とか芽衣ちゃんはアンテナを抜くことに成功。


「止めて下さい! 芽衣様! 私を停止させないで!」

「ごめんね」


 芽衣ちゃんは停止コードを打ち込んだ。


 僕の腕の中で、Pちゃんは死んだようにクタっとこうべを垂れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る