第172話 偵察1

 さっぱり出てこないな。


 キラの分身に持たせたカメラから送られてきた映像には、ドームの扉らしきものが映っていた。その状態が、十分ほど続いている。


 ドーム内の人たちは、扉の前に帝国軍の女性兵士が突っ立っているのに、気がついていないのだろうか?


 それとも……


「帝国軍兵士とは言え、女の子だから見逃そうというのかな?」

「そんな事をするのは、ご主人様だけです」

「カイトさん。女だからって見逃すのは、いい加減やめて下さい。いつか、命を落としますよ」


 なんだよ……Pちゃんもミールも……しかし、そうでないとしたら何で出てこないんだ?


 扉の前には、監視カメラがあるし……あ!


「しまった!」

「カイトさん。どうしたのですか?」

「分身を差し向けても、ダメだ。ドームの中の人は、カメラを通して外を見ているんだよ。一度、カメラに映ってしまったら、分身だって見破られてしまう」

「そうでした」

「しかし……中の人たちは、帝国軍兵士姿の分身を見てどう判断するかな? 帝国軍に魔法使いがいない事は知っているだろうから、ナーモ族の魔法使いが送り込んで来たというのは分かるだろうし……」


 僕の疑問に、ダモンさんが答えてくれた。


「帝国にも、魔法使いがいない事はないぞ」

「え? でも……魔法使いがいないから、キラはミールに教えを請いにきたのでは……」

「いやいや。ごく稀にだが、誰に教わる事もなく、自分の力だけで魔力の制御を習得する者もいるのだ。一部の天才だがな」

「へえ……そんな事が……」

「ネクラーソフに聞いた話だがな、帝国にもそういう天才がいるのだ。最初は、その天才たちに他の魔法能力者を指導させようとしたらしい。だが、うまく行かなかったそうだ」

「なぜですか?」

「魔法に限らず、天才という奴は、人に物を教えるのが下手だからな。彼ら自身は魔法を使いこなす事ができるが、どういう過程を経てそれを修得したか、自分でも分かっていないのだ。だから、間違った教え方をする。その教え方で弟子が魔法を修得できないと、自分の教え方が悪いのではなく、弟子が怠けていると決めつけてしまう事も多い」

「そういう話、よく聞きますね」

「キラの指導教官も、そうとう酷い奴だったらしい。いくら教えても、キラが分身魔法を制御できないでいると、食事を抜いたり、罵詈雑言を浴びせたり、時にも暴力も振るったという」

 

 うあわ! 酷い奴だな。


 助手席では、ミールが涙を浮かべていた。


「キラ。可哀そう! どうして、あたしにその事を言ってくれなかったの?」

「あの時の事は、思い出したくもありません。できれば、今後はその話題も、出さないでほしいのですが……」

「そうなの。分かったわ。今後は、この話はしない」

「それで、師匠。この分身はどうしますか?」

「そうね。ドームの中の人に見破れているのでは……カイトさん。どうしましょう?」 


 ドームの扉を、僕はじっと見つめた。扉の横にインターホンのようなものはないだろうか?


 お! あった。


 扉の横に。それらしいものがある。


 僕はモニターの一部を指差した。


「キラ。この場所に近づいてくれ」

「分かった」


 キラが扉の横についているインターホンのようなものに近づいて、装置の姿がはっきり見えてきた。


 違う。テンキーとディスプレイはあるが、スピーカーらしきものは見当たらない。


 これはインターホンじゃないな。


「Pちゃん、これは?」

「操作パネルですね。このテンキーで暗証番号を打ち込んで扉を開くのでしょう」

「暗証番号が分からないと無理か」

「操作パネルの下にUSBがありますね。近くまで行って、私のコンピューターとつなげれば開けるかもしれません」

「結局、近くまで行かなきゃどうにもならないか」


 しかし、近づけばどこかに隠れている帝国軍に見つかる。

 

「キラ。ドームの周りを一周してみてくれ」

「なんのために?」

「偵察だよ。他に入れそうな場所がないか見ておこう」


 キラの分身は、ドームの周囲を歩き始めた。


 半周ほど回ったところで、キラが顔をしかめる。


「師匠、帝国軍に遭遇しました」


 やっと、出てきたか。

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