第150話 酒場4
「なにか?」
僕は、ドロノフの方を向いた。さりげなく、懐に手を入れて拳銃の感触を確認。
ここで流血騒ぎを起こすわけにはいかないので、非致死性のゴム弾を装填してあるが、できれば使わないで済ませたい。
「久しぶりだな」
ち! やはり、覚えていたか。
「ど……どちら様でしたっけ?」
ここは、知らない人作戦。
「おい、俺を忘れたのか? ミスター・モリタ」
「いや、森田は僕の上司で、僕は北村……」
「そうか。キタムラというのか。あの時は、名前を聞いてなかったからな」
う……もしかして嵌められた?
「ミスター・キタムラ。亡命は、まだ受け付けてくれるかい?」
これ以上、とぼけるのは無理か。
「あんたは……アレクセイ・ドロノフ」
と、今頃、思い出した様なフリ……
「やっと、思い出してくれたかい」
ドロノフはニヤリと笑った。
こいつ、何が目的だ? 旧交を温めたいとかいうわけでもないだろう? 昔の復讐か?
「で、ドロノフさんが、今更なんの用かな?」
「そう、身構えるなよ。ここで、どうこうしようと言う気はない。あの戦争の事なら恨んでないぜ。ただ、たった七人で、俺の部隊を壊滅させた英雄さんの顔を拝みたかっただけさ」
それをやったのは、前の僕なんだけどな……
「こんな顔、拝んでもご利益はないよ」
「ワハハ! そう謙遜するなって。どうだい? 今から俺と飲まないか?」
「いや、僕達はこれから帰るところで……」
すると、ドロノフの傍らにいた小男が威嚇するような目を僕に向けてきた。
「兄ちゃんよ。俺達と一緒じゃ飲めねえってのかよ」
拳銃を握っている手に、いつでも撃てるように力を込める。
横を見ると、ミールが木札を、その背後でミクが紙の人型を手にしていた。
「馬鹿野郎! 余計な口を出すな!」
そう一喝したのは、ドロノフだった。
小男は、なぜ自分が怒られたのか理解できずに震え上がる。
「この兄ちゃんは、俺の古いダチだ。そしてあそこにいる爺さんは……」
ドロノフは勘定をしているダモンさんを指差した。
「炎の魔神カ・ル・ダモンと恐れられた男だ」
「ゲッ」
知らなかった。ダモンさんて有名人なんだ。
「それとだな。ちょっと耳を貸せ」
小男がドロノフの口元に耳を寄せた。ドロノフが何かを囁く。
「そういう事でしたか」
「分かったら、怪我人を連れてさっさと帰れ」
男たちは、そそくさと店から出ていく。
入れ違いに、勘定に行っていたダモンさんが戻ってきた。
ドロノフは僕の方を向き直る。
「馬鹿な部下が失礼したな。どうだい。気を取り直して飲まないか?」
「いや、そうは言っても、こっちは子供もいるので早く帰らないと……」
「じゃあ、兄ちゃんだけでも、残らないか。なんなら俺が奢るぜ」
それも、やだな……
「いや、ありがたい話だけど、女子供だけで夜道を帰すわけには……」
「なあに。女子供の護衛なら、そこの爺さん一人で十分だろう。少なくとも、この町には、炎の魔神に手を出す命知らずは居ねえよ」
「まあ、そういうなら」
「ご主人様。私も残ります」
「Pちゃん」
「私が目を光らせないと、ご主人様はすぐ飲みすぎますので」
「カイトさん。あたしも残ります」
ミールが僕にしがみ付いてきた。
結局、ミクはダモンさんとキラに任せて宿に帰し、僕とミールとPちゃんはドロノフと杯を交わすことになった。不本意ながら……
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