第149話 酒場3

 突如響き渡った蹄の音と馬の嘶きで、女子たちの嬌声はかき消された。


 音は生垣の向こうから。そこには、道路があるはず。


 誰かが馬で乗りつけてきたようだが、この惑星で馬に乗るのは帝国人だけ。


「おお! ここだ! ここだ!」


 生垣の向こうから聞こえた声は案の定、帝国語。ただ少し、なまっている。


 口調からして、荒くれ男たちのようだ。


「おかしら! いますか?」


 さっきから離れた席で、一人酒をチビチビやって髭面のおっさんがそれに答える。


「おお! いるぞ! 入ってこい」


 どうやら、この店で待ち合わせていたらしい。


 ほどなくして、いかにもチンピラ風の男たちが店に入ってくる。


 鎧は着けていないが、全員腰に剣を帯びていた。


 一人だけ、怪我をしているのか足取りのおぼつかない男がいる。


 怪我人のようだ。頭には包帯を巻いている。


 男たちは、おっさんの周りに集まった。


 おっさんが徐に葉巻を咥える。


 すると背の低い男が、マッチの火をおっさんに差し出した。


「あたし、タバコきらーい!」


 その様子を見ていたミクが顔をしかめる。


 男たちにも、ミクの声が聞こえたようだが、日本語は分からないようだ。


 当然か……いや、そうとも言えんな。リトル東京ができてから五年は経過している。


 エシャーですら、片言の日本語が分かるんだ。ナーモ族や帝国人の中に、日本語の分かる人がいる可能性だってないとは言い切れない


 幸いこの中にはいないようだ。二~三人がこっちをチラっと振り向いたが「何を言ってるんだ?」というな表情だった。


 だが、これからは少し気を付けないと……


「こら。ミク。そういう事を口に出して言うものじゃない」

「だって、タバコって臭いんだもん」

「だからと言ってな……」

電脳空間サイバースペースのお兄ちゃんは、カルルがタバコを吸うと『臭いから余所で吸え』とか『煙吸ってもいいが吐き出すな』とか言ってたよ」

「う……」


 電脳空間サイバースペースの僕は、そんな嫌味な奴なのか?


 おっさんが大きく煙を吐き出す。


「それで、ゴランの隊は見つかったのか?」


 おっさんの質問に、さっき火を差し出した小男が答える。


「見つかった事は、見つかったのですが……酷い有様でした」

「酷い有様だと?」

「ほぼ全滅です。それも尋常な殺され方じゃありません。無数の銃弾を食らって挽肉みたいな死体になっていたり、大きな岩に潰されたように……」


 ああ! こいつら昼間出会った馬賊の仲間だな。ゴランて、あの頭目の名前か。


 となると、この店にこれ以上いるのはまずいな。

 

 その事をみんなに小声で伝えると…… 


「カイトさん。あたし達、別に顔を見られたわけじゃないから、大丈夫ですよ」

「それもそうか」


 僕もPちゃんもあの時は、フルフェイスのヘルメットを被っていたし、ミールは分身体だった。いや、分身体の顔は見られているが……


「ミール。ダモンさんの娘は?」


 あの時の分身体は、ダモンさんの娘の姿。


「部屋で大人しくしています。まさか子供をこんなところへ……」


 と、言いかけて、ミールはミクの方を見る。


「幼児をこんなところへ連れてくるわけないじゃないですか」


 本当はミクも連れてきちゃダメだぞ。


「お兄ちゃん。心配しなくても、昼間の奴らは皆殺しにしておいたから平気だって」


 女の子が、そういう物騒な事言うんじゃありません!


 しかし、まあそれなら心配する事も……


「ボラーゾフの仕業か?」


 ボラーゾフって対立組織のようだな。そっちだと思ってくれると助かるのだが……


「いえ、違います」


 無理だったか。

 

「実は一人だけ、生き残った者がいるのですが」

  

 え? 


 小男は、頭に包帯を巻いた男を指差していた。


「ミク。生き残りがいるじゃないか」

「いけない。アクロには、動く奴を潰せと命令したから。死んだふりしていた奴を、見逃したかも……赤目と違って、あいつは融通きかないから」


 再び、おっさんたちの方に、聞き耳を立てた。


「化け物を見たとか、言ってる事が変なのですよ。頭を打って、妄想を言っているのではないかと……」

「構わん。話をさせろ」

「はい。おいビーチャ。さっきの話をお頭に聞かせろ」


 ビーチャと言われた男が、おっさんの前に進み出た。


「最初は、変な乗り物に乗った三人組に襲われたんです。たった三人だから、たいした事はないと思っていたのですが、あいつらには、俺たちの銃はまったく効かなくて、逆に奴らの銃は、たった一発で馬も人もまとめてズタズタに……」

「そんな銃があるかよ」


 男の一人が茶々を入れる。


「黙っていろ! 話を聞いているのは俺だ」

「すみません」


 おっさんに一喝されて男は黙り込む。


「ビーチャ。お前が見たのは、恐らくショットガンという武器だ。俺は五年前、リトル東京包囲戦のときに、その銃を見ている」


 リトル東京包囲戦! ブレインレターで見た二度目の戦い……


 あ! このおっさん。見覚えがあると思ったら、アレクセイ・ドロノフ!


 まずいぞ。あいつ、前の僕を見ているはず……


「ビーチャ。話を続けろ」 

「へい。しばらくそいつらと戦っていたのです。で、レフが奴らの仲間のガキを人質にとったのですが、そこへ別の邪魔が入りまして……」

「別の邪魔?」

「へい。変なドラゴンみたいな動物に乗って現れたガキで、そいつが化け物を召喚して……」


 これ以上、ここにいない方がいいな。僕だけでなく、ミクもあのビーチャという男に顔を見られている。


「この店を出よう。ミクはあいつに顔を見られているはずだ」


 僕達は席を立ち、ガーデンテラスの出口へ向かった。


 ミクの顔が見えない様に、僕とミールとPちゃんとキラで男たちの視線を遮るようにして移動する。


 その間、ダモンさんに会計を済ましてもらった。


 先頭にいたPちゃんの足が、出口に差し掛かった時……


「おい! 待ちな。兄ちゃん達」


 おっさんに呼び止められた。

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