第147話 酒場1

「君には、済まない事をしたと思っている」


 ダモンさんがそう言って僕に詫びたのは、カルカの一角にある小さな酒場のガーデンテラスでの事。


 日が落ちて、町は闇に包まれていたが、テーブルの周囲はランプのほんのりした明るさに包まれていた。


 町から人が逃げ出しているせいか、店の客は少ない。


 店内の方には何人か客がいたが、ガーデンテラスの方には僕とダモンさんだけだった。


 と思っていたら、ひげ面のおっさんが一人、僕らから離れた席について酒をチビチビとやり始める。


 ん? このおっさん、どっかで会ったような?


 他人のそら似かな?

 

「ミールから聞いたのだが、君は自分が再生された理由を知ってしまったようだね」


 『知ってしまった』という事は、この人はやはり知っていたんだな。


「ええ」


 ダモンさんは、それを聞くとグラスの酒をグイっと煽った。


 僕もグラスを手に取る……ふと、飲む前に周囲を見回した。


 よし! いないな。小うるさいメイドさんは……


 いるわけないか。こっそり出てきたのだから……

 

 安心して、僕も酒を口に付けた。


 美味い!


 長距離ドライブ後の酒は、なんと美味いことか。


 酒を味わっている間に、背後のテーブル席に新たな客が来たようだ。


 ウェートレスが注文を取る声が聞こえる。


「君も行ける口だね」


 空になったグラスに、ダモンさんが酒を注いでくれた。


「これはどうも」


 僕もダモンさんのグラスに注ぎ返す。

 

 ダモンさんはグラスをテーブルに置き、話し始めた。


「君とミールが、シーバ城の私の部屋を訪ねて来たときは、何を言われようと私は決意を変える気は無かった。気が変わったのは、君に説得されたからでもない」

「それでは……なぜ?」 

「君の素顔を見たからだ。驚いたよ。死んだはずの男が生き返ったのかと思った。コピー人間の事は私も聞いていたので、あの戦士が再生されたと、すぐに気がついたがね。だが、君は何も事情を知らないようだ。なので、君をあの女性に……キョーコに引き合わせなければと思った。それができるのは、私しかいない。それが決意を変えた理由だ」

「ミール達を、この町に急いで連れて行った本当の理由は、僕から引き離すためですか?」

「ミールの、君に対する気持ちを知ってしまったのでね。ミールには済まないと思っている」

「あの、それでこの町に香子はいたのですか?」

「十日ほど前までいたらしい。その後、町から出て行った」

「どこへ?」

「旧カルカ国だ」

「だって、あそこは核で……」

「地表の都市は残っていない。だが、シーバ城で見たような地下施設があるらしい」


 核シェルター?


「今日初めて分かった事なので、私もあまり詳しい事は知らない。だが、今もその施設で暮らしている人達がいるらしいのだ」

「そこに、香子がいるのですか?」

「それは、行ってみない事には……」

「そうですか」

「私としては、なんとしても君を彼女に引き合わせたい。それがキョーコに私ができる償いだ。もちろん、君に強制はできない。君がどうしても嫌だと言うなら私も諦める」

「まさかと思いますが……」

「ん? 何かね?」

「僕が嫌だといったら、やっぱり死ぬとか言い出さないでしょうね?」

「さすがにそれはない。それに、今は生きる事に未練が出てきた」

「なら、いいですけど……」

「それで、どうなのかね? キョーコとは、会いたくないのか?」

「それは……」


 会いたくないわけじゃない。


 むしろ会いたい。


 そもそも、塩湖から僕が旅立った最初の目的は、僕を再生した奴を探し出すことだった。


 香子に会えば、その目的は達成したことになる。


 しかし、今さら会ってどうするか?


 当初は、僕をこんな系外惑星で再生した理由を聞き出して、文句の一つも言うつもりでいた。


 しかし、理由はもう分かってしまったし、今さら文句を言う気にもならない。


 では、香子に未練はないのか? 


 そんなの、あるに決まっている。


 あるに決まっているが……ミールの僕への気持ちを知っていながら、それは……


「悩んでいるのか?」

「はい」


 僕は最低だ……ミールと香子に二股をかけている。


「私が言うのもなんだが、君はキョーコに会ってみるべきだと思う」

「え?」

「もちろん、キョーコへの償いの気持ちとは別の意味で言っているのだ。年長者からの助言だよ。もっとも、二百年前から来た男に、年長者面してよいものかと思うが……」

「はは」

「君はキョーコと幼馴染だそうだな。そして、何年も直接は会っていない。言ってみれば、君にとってキョーコは、思い出の中だけで生きている人になっているのではないのか?」


 確かに、中学を卒業してから香子とは一度も会っていない。


 メールのやり取りとか、SNSの書き込みに「いいネ」を着ける程度の付き合いが何年も続いていた。


 電脳空間サイバースペースの僕は、香子と再会して長い時間を過ごしてきたが、僕にはそんな思い出はない。


 ブレインレターで見せられた事も、どこか他人事のような気がする。


「思い出の人というのは、厄介なものでな。時間が経つほど、美化されていくものだ。実際に会っていた時はそれほど好きではなかったのが、思い出の中で美化されていくうちに恋をしているという事もある」

「そういうものでしょうか?」

「そういう事もあるという事だ。だが、この状態を解消する方法がある」

「何をするのですか?」

「本人に会うのだ。現実のキョーコを見れば、君の中にいる思い出のキョーコは消える」


 そうなるのだろうか? それはそれでイヤな気もする。


 いい思い出は、いい思い出のままで取っておきたい。


 しかし……


「カイトさん! 会いに行きましょう!」

「ブッ!」


 突然背後から掛かったミールの声に驚いて、思わず飲みかけていた酒を吹き出してしまった。

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