第141話 イナーシャル コントロール

「あの……」


 今まで黙っていた芽衣ちゃんが、おずおずと口を挟んできた。


「今は、そんな事言っている場合ではないと思うの……ですけど……」

「そうだった。帝国軍をなんとかしないと」

「北村さん。どうします?」


 芽衣ちゃんが不安そうに言う。


「もちろん、迎え撃つ」

「でも、この場所がまだ見つかったとは……」

「いや、偵察なら、あんな大部隊では来ない。恐らく、僕らが気付かないうちに、もっと小規模の偵察隊が来ていたのだろう。この場所は、とっくにばれていると考えるべきだ」


 僕はオペレーターたちの方を向いた。


「僕と森田さんで出撃する。君たちはドローンでの航空支援を頼む。それと母船に連絡して、誘導弾を準備してもらってくれ」

「「「ラジャー!」」」


 三人のオペレーターを残して、僕と芽衣ちゃんは部屋を出る。


 ロボットスーツを装着した僕と芽衣ちゃんは、ヘリに運ばれて山の稜線を越えた。


 山の斜面を、アリの行列のように帝国軍が登ってくる様子が見える。


「芽衣ちゃん。僕の後から来てくれ。くれぐれもやり過ぎないように」

「はい」

 

 僕はドアから空中に飛び出した。


「イナーシャルコントロール ゼロG!」


 コマンドを言うと落下速度が鈍っていく。


 ていうか今、僕はなんと言った?


 慣性制御イナーシャルコントロールと言ったような……?


「イナーシャルコントロール ゼロG!」


 後ろから着いてきた芽衣ちゃんも同じコマンドを唱えた。


 ちょっと待て。慣性制御装置はプリンターでは作れないはずでは……


 しかし、今の僕と芽衣ちゃんの動きは完全に重力を打ち消している。

 

 いや、氷河での戦いのときは、てっきり背中からジェット噴射でもしているのか思っていた。


 音がさっぱりしないけど、そこは未来の技術だからだと思っていた。


 しかし、自分の背中は見えないが、芽衣ちゃん背中にあるバッテリーパックからは、ジェット噴射なんかしていないのがよく見える。

 

『ICパックの使い方は、君の脳に直接入力したが、実際に使っているところを見ておいた方がいいだろうと思ったので、ここを見てもらう事にした。もう、気が付いていると思うけどICとは慣性制御イナーシャルコントロールの略だ。帝国人が乗って来た船の中に、慣性制御用の非バリオン物質が大量に残っていたのでね。それを使って作ってみたのだよ』


 不意に芽衣ちゃんが、僕を追い越して行った。


「おい! 芽衣ちゃん」

「イナーシャルコントロール 2G」


 芽衣ちゃんは急降下していった。


「イナーシャルコントロール マイナス2G ゼロG」


 帝国軍の隊列に肉薄した芽衣ちゃんは、ショットガンを抜いて乱射し始めた。


「死になさい! 滅しなさい! 滅びなさい! この帝国の害虫ども!」

 

 な……なんか、性格変わってない?


『心臓に悪い光景だと思うが見ておいてくれ。芽衣ちゃんは、戦闘に入ると性格が変わって、狂暴化するのだ』


 んな、アホな……


 ショットガンを撃ちきった芽衣ちゃんは、逃げ惑う帝国軍兵士に手榴弾を投げまくる。


「全滅しなさい! 壊滅しなさい! この世の害悪どもよ! あなた達は、生きていてはいけないのよ! 私が殲滅してあげます!」


 こ……怖い……


 どう見ても戦闘向きに見えない芽衣ちゃんに、こんな一面があったとは……


 もちろん、僕も黙って見ていたわけではない。


 縦横無尽に飛び回って銃撃しては、帝国軍兵士たちを、ある一か所に追い立てて行った。


 三機のジェットドローンも飛び回り、帝国軍兵士たちを谷底に誘導するように攻撃する。


「うりゃあああ! ブースト!」


 弾を撃ち尽くした芽衣ちゃんは、帝国軍兵士をブーストパンチで次々と殴り飛ばしていく。


 そうしている内に、ほとんどの帝国軍兵士は谷底に追い詰められていった。


「芽衣ちゃん。もういい。撤収してくれ」

「はい! 撤収します」


 戦闘モードになっても、僕の命令はちゃんと聞くみたいだ。


 芽衣ちゃんがヘリに引き上げたのを確認すると、僕は谷底の兵士たちに向けてレーザーを照射した。


 大気圏外からやって来た火の玉が谷底に落ちる。


 焼夷弾? いや、これは燃料気化爆弾では……?


 谷底は炎に埋め尽くされた。


 炎が消え去った後、そこに生きている者はいなかった。


 その直後、僕は暗闇に包まれた。


『再生は、ここまでだ』


 どうやら、終わったようだ。


『というより、ここまでしか記録がないのだよ。さっきの作戦の後、基地へ戻った僕はスキャナーで記憶を読み取り、本船に送信した。これは定期的にやっていたことなのだが、その時の送信が最後になってしまった。それが今まで君が見ていたもの。なぜそれが、最後になってしまったか、君は気になると思う』


 当然だ。だが、答えはもう分かっている。


『ブレインレターで君が見た補給基地はすでにない。度重なる帝国軍の攻撃を受けて落とされた。だが、そこにいた基地要員は、一人を除いてすべて脱出した。その一人とは……』


 その一人とは?


『その一人とは……他ならぬ僕だ』

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