第130話 活動拠点 リトル東京

『これ以上、隕石を落とすと気候に悪影響が出ると言うというのは、本当なのか分からないが、船長も最後には情に負けたのだと思う。結局、警告通り帝国のすべての都市を破壊することなかった。それでも、しばらくの間は帝国も大人しくしていた。だが、六年ほど前、帝国はまたナーモ族の国へ侵略を開始した。しかも、今度はナーモ族を大勢拉致して、帝国の主要都市や軍事基地に配置した。所謂、人間の盾という奴。これで、衛星軌道からの攻撃は封じられてしまった』

 

 ブレインレターの再生が始まった。


 今度は、リビングルームのような部屋。


 その部屋に僕と香子、カルル、綾小路未来、他に名前も知らない小学生ぐらいの男の子がいた。


『この部屋は、電脳空間サイバースペースにある僕たちの溜り場のようなものだ。SNSのコミュニティを、仮想現実バーチャルリアリテイにしたようなものと考えてくれ。肉体を失いデータだけの存在になった僕達は、ほとんどの時間をここで過ごしていた』


 部屋の中で、五人は茶会を開いていたようだ。


 電脳空間サイバースペースの住民は、食事をする必要はないが、飲食を楽しむことはできる。設定すれば空腹感や満腹感を再現できるらしい。現に僕は、軽い空腹感を覚えていた。


 部屋の扉がノックされる。


「こ……こんにちは」


 訪ねてきたのは芽衣ちゃんだった。


「あのお、お父さん……いえ……船長からの通達です。ええっと……」


 五人の視線を浴びて、芽衣ちゃんは緊張のあまり次のセリフが出てこない。


 分かる。分かるぞ。


 僕が会社務めしていた時も、得意先でこうなってしまった。


 電脳空間サイバースペースの僕も同情したのか、芽衣ちゃんの近くに歩み寄る。


「芽衣ちゃん、落ち着いて、コワくないから」

「は……はい……すみません! すみません!」

「大丈夫。誰も君の事を、変な人だなんて思ってないから……」

「え? 俺、思っていたけど」


 余計な事を言ったカルルを、香子がペシっとハリセンで叩いた。


 なぜそこにハリセンがあったのか分からんが……


「すみません! ちゃんとお話できなくて、すみません!」

「芽衣ちゃん。人前で緊張して話できなくなるなんて、よくある事だから。恥ずかしいことじゃないよ」


 自分のことだからな……


「そうよ。芽衣ちゃん。海斗なんて、得意先で緊張のあまり気を失って、会社をクビになったのだから」

「香子! 何度も言うが、僕は解雇されたのではなくて、自分から辞表を叩きつけたんだ」

「はいはい。そういう事にしときましょう」


 電脳空間サイバースペースの僕よ。きっと香子には、嘘がばれているぞ。


 しばらくして、ようやく芽衣ちゃんは用件を言えた。


「北村海斗さんと、カルル・エステスさん、鹿取香子さん。これよりあなた達三人のコピーを作りますので、準備のためミーティングルームへ……出頭して……いただきたいのですが……」

 

 よし! よく頑張った。芽衣ちゃん。


「それだけの事伝えるのに、いつまでかかっているんだか……」

 

 また、余計な事いうカルルを、今度は僕がハリセンで叩いた。


「なんだよ? 海斗まで。そんなにペシペシ叩かなくてもいいじゃないか」 

「やかましい。お前の心無い一言で、心に傷を受けた芽衣ちゃんはもっと苦しいんだ」

「ヒドイな。分けの分からん理由で、友達からハリセンで叩かれる俺の心の傷はどうでもいいのか?」


「うん」


「おまえなあ! 天真爛漫な顔で『うん』なんて言うなよ! それでも友達か!?」


 場面が突然、移動した。


 どうやら、さっき芽衣ちゃんが言っていたミーティングルームのようだ。


 以前に使った会議室に似ている。


 室内には二十人ほどの人が集まっていた。


 壁の一つがモニターになっていて、その前に森田船長が立っている。


 モニターには、惑星の地図が映っていた。



「知っての通り、この惑星には三つの大陸がある。そのうち最大の大陸がナーモ語でニャトラスと呼ばれていて、広さはアフリカ大陸ほど。この大陸は、中緯度一帯が帝国の勢力圏になっている。もとは、プシダー族の国があったらしい。帝国を挟んで南と北にナーモ族の国々がある。帝国は北方諸国の方に侵略しているのだが……」


 森田船長は地図の一か所にレーザーポインターを当てた。


「ニャトラス大陸は、大きな大地溝帯で南と北に分かれている」


 大地溝帯の上には紅海のような細長い海と、細長い巨大な湖があった。


 湖の面積はカスピ海の三倍あるらしい。


「この大地溝帯の北にナーモ族の北方諸国がある。現在、帝国は大地溝帯を越えて十万の大軍を北方諸国侵略に送り込んでいるのだ。我々の作戦はその補給路を絶つこと、そのために」


 森田船長は地図の一か所を指示した。


 細長い海と大きな湖は挟まれた狭い陸地。


 地峡のようなところだ。


「この場所に、我々の活動拠点を設営して、帝国軍を通れなくするのだ」


 一人が質問を求めた。


「船長。帝国軍が湖や海を船で渡ろうとした場合は? それに湖の東側に陸地がありますが」

「船はドローンからのミサイル攻撃で沈める。湖の東側はヒマラヤ級の山脈に阻まれていて、容易には通れない」

「しかし。いくら帝国の装備が旧式でも、我々は精々二百人。防ぎきれますかね?」

「それは大丈夫だ。私のコピー人間は現在、北方のカナン王国に身を寄せているのだが、その王国の軍隊に小銃の扱いを教えている。活動拠点が完成したら、カナン王は五千の部隊を派遣すると約束してくれた」

「五千か……足りるかな?」

「いざとなったら、衛星軌道から攻撃する。心配ない。他に質問は?」


 その時になって、僕は初めて挙手した。


 電脳空間サイバースペースの僕は何を聞くつもりだろう?


「活動拠点の名称はどうします?」

「それはもう考えてある。リトル東京だ」


 一瞬、室内の空気が凍りついた。


「船長……それは……」

「いい名前だろう」

「……」


 押し黙った僕の代わりに誰かが言った。


「船長。ここは公募にしましょう」

「なんで? リトル東京でいいじゃないか」


 室内からかなりのブーイングがあったが、リトル東京で押し通されてしまった。


『こうしてコピー人間二百人が惑星に降下した。船長のコピーが連れてきたナーモ兵五千と合流して、地峡に活動拠点リトル東京を設営した。そのために北方諸国へ進行していた帝国軍十万はたちまち補給が途絶えてしまったわけだ』


 僕は、またリビングルームに戻っていた。


 そこのテレビに、地表に降下するシャトルが映っている。


『ここから先は、地表に降りた僕のコピーから送られてきたデータを見てもらうよ』 

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