第124話 喋るウサギ
「ちょ……ちょっと、君……誰?」
僕にそう言われて、女の子は意外そうな顔で僕を見上げた。
「ええ!? あたしの事、忘れちゃったの?」
「え? いや……そう言われても……」
ん? そういえば、以前も似たような事が……
「ちょっと、あなた! いつまでカイトさんに抱き着いているの! 離れなさい!」
ミールが僕から女の子を引きはがそうとするが、今のミールの分身体は女の子より頭一つ分低い幼女。力ずくでは敵わない。
それでもミールがいつまでも腕を引っ張るので、女の子はしぶしぶ僕から離れた。
離れてから、ミールを睨みつける。
「なによ、あんた! さっき、人質になってるところを助けてやったのは、誰だと思っているのよ?」
「あたしを助けてくれたのは、そこの白い動物さんです」
ミールは、ウサギを指差した。
「こいつにあんたを『助けろ』と命じたのはあたし。だから、あたしが助けたも同然。そもそも、あたしがわざとコケて、奴らの注意を引きつけたからできたんだ」
あれはわざとだったのか? 素でやっているように見えたが……
さっきのウサギが、女の子の足元に駆け寄ってきた。
「ミクちゃん。嘘はいけないな。僕は君から『この子を助けろ』なんて指示は受けていない。あくまでも、僕の自己判断でやっただけ」
ウ……ウサギが喋った?
いや、ミールはこのウサギは分身体だと言っていた。そのぐらいはできるかもしれない。
「君がコケたのも、ワザとじゃない。北村海斗さんにカッコイイところを見せたいと張り切って飛び出して行った君が、そんなみっともない事を、故意にするはずがないからね」
「バ……バカ! ばらすんじゃ……お兄ちゃん。今の嘘だからね」
「その前に、聞きたいのだけど……君、誰?」
「ええ? 本当にあたしの事知らないの? ひょっとして、記憶喪失?」
違うと思う。
ウサギが女の子の肩に飛び乗った。
「ミクちゃん。この北村海斗さんは、何も知らないんだよ。忘れたの?」
「いっけない! すっかり、忘れてたよ。あはははは! お兄ちゃんは生データから作られたから、あたしの事を知っているはずなかったね」
やっぱり……
ウサギは疲れたように続ける。
「もう、何をやっているんだよ。何も知らない北村海斗さんを導くために、君は母船から派遣されたんだよ。そんなので、使命果たせるの?」
僕を導くため?
「なーに言ってんの。赤目。そのために、あんたがいるんじゃないの」
「僕は、あくまでも君をサポートする式神であって、仕事は君がやってくれないと……」
赤目と言うのが、このウサギの名前らしい。ミールの分身とは大分違うみたいだけど……
赤目は僕の前に来て直立。いや、ウサギが二本足で立っただけでも驚きなのに、さらにお辞儀までしてきた。
「初めまして。北村海斗様。僕はこちらにいる
「はあ? どうも、ご丁寧に」
「先ほどは、カプセルの傍ではお会いした時は、無言で失礼いたしました」
いや、失礼も何も、ウサギが喋るなんて最初から期待してないし……
「最初お見かけしたときは、すぐにご挨拶しようと思いましたが、現地の方がいらっしゃる前で、迂闊に人語を話さない方がいいと判断した次第です」
ミールの事か。
「カイトさん。この動物の言葉が分かるのですか?」
ミールが赤目の前に屈みこんだ。
「ミール。このウサギは日本語を話しているんだ」
「そうでしたか」
ミールは翻訳ディバイスを装着した。これで、ミールにも会話が伝わるはず。
「北村海斗様。二ヶ月前に、何も知らないまま突然この惑星に降ろされて、さぞかし苦労させられたと思います。本来なら、すぐに救助を出すはずだったのですが、こちらにもその余裕がなく、今になってようやく状況をお伝えに来れた次第でございます」
どうやら、僕がこの惑星に送られた理由が、ようやく分かるらしい。
「それでは、後は我が
赤目は女の子の方を向いた。だが、綾小路未来と呼ばれた女の子は、草原に座り込んで、必死になってリュックの中を探していた。
「あれ? ない? どこやったっけ?」
何を探しているのだろう?
「何をやってるの? ミクちゃん」
「それが、あれがどこにもなくて……あれ? 変だな」
女の子は、突然草原にへたり込んだ。
「な……何か食べさせて……なんか知らないけど、急にお腹空いて、力が……出ない」
それを聞いて、ミールが綾小路未来の前に進み出た。
「当たり前です。回復薬も使わないで分身をあんなに暴れさせたら、そうなるに決まっているでしょ」
「分身? なに……それ? あたしが使っているのは式神だよ」
「シキガミ? なんですか? それは」
どうやら、翻訳ディバイスは『式神』をナーモ語に訳さず、そのまま『シキガミ』と発音しているようだ。
とりあえず、二人に式神=分身という事を説明してみた。
「綾小路未来さんと言いましたね」
Pちゃんが綾小路未来に、黄色いカバンを差し出した。
「お忘れ物ですよ」
Pちゃんからカバンを受け取った綾小路未来は、きょとんとしている。
「メイドさん。あたしこんなカバン知らないよ」
「それはアナタが乗って来た、大気圏突入体に入っていたサバイバルキットですよ」
「ああ! そういえば、カプセルの中にあったね。面倒だから、置いてきちゃったけど。別にいらないや」
「いらないのですか? 非常用食料が入っているのですが」
「それを先に言って!」
綾小路未来はカバンから、カロリーメイトのような非常食を取り出して夢中になって齧り付いた。
一方赤目は、彼女の放り出したカバンの中を覗き込んでいる。
「ああ、やっぱり」
赤目はカバンから銀色の円筒を取り出した。
なんか、どっかで見たような……!
あれって、前にPちゃんが使っていた除染作業用ロボットが入っていた容器!?
という事は、あの中には虫のようなマイクロロボットがうじゃうじゃいるのか?
「ミクちゃん。もう一つ大事なものが入っていたよ」
「ん? モギュモギュ……あ! なあんだ、こんなところにあったのか」
非常食を頬張りながら、綾小路未来は円筒を受け取った。
「見つからないと思った。これで、説明できるね」
その円筒で説明できる? どういう事だ?
「それじゃあ、お兄ちゃん。情報を伝えるから、じっとしていて」
「ちょっと、まて。なんで『情報を伝える』なんて言い方をする? 口頭で説明するのじゃないのか?」
「違うよ。これ使うんだよ」
少女が掲げる円筒がどのようなものか分からないが、ろくでもないことになるような気がする。
赤目が僕の傍に寄ってきた。
「北村海斗様。不安な気持ちは分かりますが、我が主から口頭で説明を受けるなどという無謀な試みは、お勧めできません」
「む……無謀なのか?」
「無謀です。わが主の説明能力は壊滅的です。単純な事柄なら大丈夫ですが、ある程度複雑な事柄をお伝えしようとすると、話は要領を得ず、脱線しまくり、挙句の果てには、自分が何を説明しようとしていたのか忘れているという事もあります」
「それは嫌だな」
「ですから、この装置を使用します」
「だから、その装置はなんなの? それを使った場合、僕の身の安全は保障させるの?」
「もちろん保障されます」
「本当か? 虫とか出てくるんじゃないだろうな?」
「お兄ちゃん。虫なんか出てこないよ」
「本当か?」
「出てくるのは虫じゃなくて、マイクロロボットだから」
「やっぱし、出るんかい!」
抗議する間もなく、円筒からうじゃうじゃと出てきた蟻ぐらいの大きさのマイクロロボットの群れに、僕の身体は瞬く間に覆い尽くされた。
しかも、今度は服の中まで入ってくる。
「お兄ちゃん。動いちゃだめだよ。じっとして」
そんな事言ったって、気持ち悪い!
思わず僕は目を閉じた。
しばらくして、虫の這いまわる感覚が唐突になくなった。
何があったんだ?
目を開いた。
な……ここは、何処だ?
周囲はすべて星空に覆われていた。
ていうか、見回しても星空しかない。
ここって宇宙空間?
自分の腕に目をやった。
さっきまで、集っていたマイクロロボットの群れはない。
長袖Tシャツの袖に覆われた腕がそこにあるだけ……
Tシャツ?
僕はさっきまで、防弾服を着ていたはずなのに……
いつの間にか、TシャツにGパンという出で立ちになっている。
宇宙にいるなら、宇宙服を着ていないと……いやそういう問題じゃない。
「海斗」
背後からの声に振り返った。
そこにいた男は……
カルル・エステス!?
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