第120話 大気圏突入体

「ご主人様ヒドいです」


 仮眠を終えてすっきりした頭でステアリングを握っている僕の背後から、Pちゃんの怨嗟のこもった声が聞こえてきた。


「ひざ枕をしてあげると言ってるのに、テントで寝るなんて……」


 いや……なんか、コワかったから……


「男心の分からない、お人形さんですね」


 一方、助手席のミールは妙に嬉しそう。


「あんな不気味な笑い声立てたら、たいていの殿方は引いてしまいますわ」

「いつも、ご主人様に迫りすぎて、引きまくられているミールさんには言われたくありません」

「あたしが引かれている? そんな事ありません。ねえ、カイトさん」


 眠気は吹っ飛んだけど、頭痛が痛い。


 バハァリン プリーズ……


 車が進むにつれて、次第に光景が変化していった。


 出発したころは、鬱蒼とした森林地帯だったのが、やがて田園地帯になり、そして今は草原地帯を走っている。


 見渡す限りの大草原だが、小さな家はどこにも見当たらない。


 いや、別に見当たらなくてもいいのだけど……


「カイトさん。昨日の流れ星、カルカからも見えたそうです」

「ミールの本体も見たの?」

「いえ。あたしは眠っていたのですが、キラがトイレに起きた時に見たそうです。キラも、やはりお願いをしたそうなのですが、何をお願いしたのか教えてくれないのですよ」


 普通はそうだろ。


「なので、今から拷問にかけて、白状させようかと……」


 やめなさい!

 

「キラが見ていると、流れ星はどんどん大きくなっていったのですが、突然消えてしまったというのです」


 途中で、燃え尽きたのかな? それとも……


 前方に広がる果てしない草原。このどこかに落ちたのだろうか?


 草原を見回したが、クレーターらしきものは見当たらない。


 ただ、一本の道が草原の中をどこまでも続いている。 


 広い道だが、もちろん舗装なんかされていない。踏み固められた地面があるだけだ。


 時折、ナーモ族の竜車 (荷役竜が引っ張る車)とすれ違う他に、人? と出会う事はなかった。


 ちなみに、ナーモ族は左側通行が主流らしい。


「はあ、あんたらカルカに行きなさるのか?」

 

 草原の中の一本道で、反対方向から来た竜車に呼び止められた。


 乗っていたのは、カルカの町に作物を売りに行った帰りの農民家族。一組の夫婦とその娘だが、娘が熱を出したので、薬があったら分けてほしいというのだ。


 ミールが薬草を調合している間に、農夫からカルカの事情を聞いてみることにした。


「最近、東の砂漠に帝国軍が出張ってきているという話だ。近いうち、カルカに攻め込んでくるのじゃないかと、もっぱらの噂で、町から逃げ出す者が相次いでいる。わしらも、村に帰ったら、当分は町には近づかないつもりだ」


 砂漠に帝国軍? ダモンさんが言っていたのはこれの事かな?


「あの、薬の礼ですが、本当にこんな物でいいのですか?」


 農夫は、売れ残りの野菜が入っている箱を指さした。


「僕らは、それで十分です」


 ナーモ族から見たら、その野菜は今日中に食べないとダメになるのだが、こっちは冷蔵庫があるので数日は保つのだ。


 農民一家と分かれた後、ミールにカルカの様子を聞いてみた。


「町中でガラの悪い帝国人の姿を、よく見かけますね。でも、それは以前から町にいるみたいで、砂漠の帝国軍とは関係なさそうです。ダモン様が帰ってきたら、相談してみましょう」

「ダモンさんとは、別行動なの?」

「昨日までは、一緒に行動していたのですが、今朝『町の有力者に会いに行ってくる』と言って、あたし達を残して宿を出たのです」

「それで、王子と王妃は?」

「確かにこの町に来たらしいのですが、今はどこにいるのか……」

 

 それで町の有力者に会いにいったのか?


 もしかすると、そこに匿われていると思ったのだろうか?  そもそも帝国軍の狙いは、王子と王妃なのだろうか?


 それとも……


「ご主人様。先行させたドローンが金属反応を探知しました」

「金属反応? 鍛冶屋にでも反応したのじゃないのか?」

「いえ。地図によると、その辺りに集落はありません」

 

 とりあえず映像を出してみた。草原の中に、大きな布のような物が広がっている。


 これは……!


「パラシュート……だよね」

「そうです。パラシュートです」


 そのパラシュートに、何本もの綱が伸びて金属製の物体に繋がっていた。


「何ですか? これは?」


 ミールが首をかしげる。


「Pちゃん。これは、ひょっとして……」

「間違えありません。大気圏突入体です」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る