第111話 脱出

 ピシ! ピシ! ピシ!


 床に、亀裂が走った。


「え? いや、これはちょっと……」


 それをやってしまったカルルの方、が驚いていた。


 床に穴をあけて『どうだ。俺の方がつおいんだぞ!』と、やりたかったのは分かる。


 その前に、僕がなんのために床に穴をあけたのか、奴は考えるべきだった。


 この下の地下牢にミールがいる。


 だから、床が崩壊しないように、慎重に力の配分を考えて穴をあけたのだ。


 だが、その時の振動で、床全体がもろくなってしまっていたようだ。


 そこへカルルが、最後の一押しをしてしまった。


 そのため、僕より大きな穴を空けて力を誇示するだけのつもりが、床全体が崩れてしまい、カルルのロボットスーツは瓦礫ごと下へ落ちてしまった。


「おい、カルル」


 返事がない。ピクリとも動かない。


 ロボットスーツを着ていれば、このぐらいで気絶するはずは……あ! そういえば、あいつバイザー開いたままだったっけ。

 額を瓦礫に打ち付けて気絶したな。


 結局こいつ、何しに出てきたんだ?


 いや、カルルはどうでもいい! ミールは!?


 下を見ると、地下牢は完全に瓦礫に埋もれていた。


 地下牢と通路を隔てる壁も少し壊れている。


 もし、ここにまだミールがいたら……


「カイトさん!」


 通路からミールが駆け込んでくる。

 

 よかった。無事だった。

 

 さらに、その後ろから、戦闘モードになった十二人の分身達ミールズが入ってきた。


「どうしたのです? いったいこれは……」

「カルルがバカやって、床を崩してしまったんだよ」

「カルルが? 今どこに?」

「そこに、埋もれている」


 ミールは、赤いロボットスーツの近くに歩み寄り、棒切れで恐る恐る突いてみた。


 ピクリとも動かない。


 ミールは、僕の方を向く。


「カイトさん。今のうちに、トドメを刺しておきますか?」


 それも、いいかもしれないが……


 こいつも磁性流体装甲リキッドアーマーで覆われているだろうから、下手な攻撃は通じない。


 無防備な顔面は、瓦礫に埋もれているので掘り起こす必要がある。


「下手に刺激して、目を覚ましたら面倒だ。ここは逃げよう」

「はーい。それじゃあ、そっちへ飛びますから受け止めて下さい」

「飛ぶ?」


 ミールって飛行能力あったのか?


 下を見ていると、四人の分身達ミールズが集まって、互いの手を合わせ屈み込んだ。


 その合わせた手の上に、ミールが片足をかける。


「では行きます。いっせーのーせ!」


 分身たちがミールズ一斉に立ち上がると同時に、合わせていた手を上げた。


 その反動で、ミールが飛び上がってくる。


「カイトさーん!」


 穴から飛び出してきたミールを、僕はお姫様抱っこで受け止めた。


 途端に、ミールは僕の首に手を回し、顔を近づけてきた。


 そういえば、僕もバイザー開いたままだった。


「うぐ!」


 唇に、柔らかい感触が伝わってくる。

 

 しばらくして、ミールは唇を放してニッコリ微笑んだ。


「ミール……」

「カイトさん。戻ったら、将来の事を、ゆっくりとお話しましょう」

「う……」


 僕は極楽に登ったか? アリ地獄に落ちたのか? どっちだろう?

 キスをしている間に、分身達ミールズは穴からはい出してきていて、僕たちの周囲を護衛するかのように固めていた。


 穴の下を覗くと、カルルのスーツが蠢いている。


「カルルが目を覚ました。逃げよう!」

「はーい」


 僕はミールをお姫様抱っこしたまま走り出した。


 いや、ミールを降ろしてもいいのだが、降ろそうとしたら、しがみ付いて降車拒否されてしまったのだ。


 分身達ミールズは、そんな僕らを取り囲むように走っている。 


「カイトさん。そこを右に行ってください。次を左です」

 

 僕は、タクシーじゃないんだけど……


「この先に、ダモン様の部屋があります。寄ってもらっていいですか?」

「ああ」

 

 そうか。この際だから、ダモンさんも一緒に連れて行こうというのだな。


 部屋の前に着くと、通路の床に三人の帝国兵が血を流して倒れている。

 

 死んでいるみたいだが、何があったのだろう?


 部屋の中に入って理由が分かった。

 

 そこには、二十人ほどのナーモ族が集まっていたのだ。


 城の中で強制労働させられていた人がほとんどだが、前回の戦いで捕虜になった城兵も二人いた。廊下に倒れていた兵国兵は彼らがやったのだ。


「ミール殿。ご無事でしたか」


 さすがに城兵たちの前では体裁が悪いと思ったのか、ミールは慌てて僕から飛び降りた。


「あなた達、無事だったのね」

「帝国軍は、城の構造が分からないため、案内役として生かされていました。もっとも、隠し通路や伝声管の事は黙っていましたが……」


 伝声管? そんなものまであったのか?


 僕はダモンさんの方を向いた。


「ひょっとして、伝声管で連絡を取り合っていたのですか?」

「ああ。帝国兵が地下へ入り口を探していた時、彼らに城内を案内させていた。帝国兵が入り口を見つける度に、彼らから伝声管で報告してもらい、私はその入り口付近にガスを送り込んで妨害していたのだよ」


 そういうカラクリだったのか。


「ミール……頼む……命だけは助けてくれ……」

 

 ん? なんだ? この死にそうな声は……

 

 声の方を見ると、アンダーがズタボロになって床に転がっていた。


 その姿を見てミールは驚く。


「な……なによ? あんた。なんで、そんなボロボロになっているのよ?」

「え? ミールがやったのじゃないの?」


 ミールは慌てて否定する。


「ち……違いますよ。カイトさん。優しいあたしが、そんな事するわけないじゃないですか」

 

 いや、この前思いっ切りやったけど……


「あたしは、二~三発で勘弁してやりました。こいつに、やってもらいたい事があるので」

「やってもらいたい事?」

「こいつは、城内のどこに、どれだけのナーモ族がいるか知っていたのですよ。だから、攻撃が始まったら、みんなに、この部屋に集まるように伝えてもらったのです」

「しかし、こいつも君と一緒に監禁されていたのじゃないのか?」

「ネクラーソフには、こいつは、あたしの奴隷パシリにして、監禁場所から出られないあたしの代わりに、外の用事をさせるという事にして生かしておいてのです。攻撃が始まって、あたしが地下牢に移された時は、牢番に『忘れ物があったから、アンダーに取りにいかせて』と言って、こいつだけ自由行動できるようにしたのですよ」

 

 僕はアンダーの方を向く。


「よく素直に従ったな。ネクラーソフに報告しようとか考えなかったのか?」

「だって、チクッたりしたら、今度こそミールに殺されるし……」


 アンダーの顔は恐怖に歪んでいた。


「しかし、それなら、なんでこんなに怪我をしているのだ?」

「それは、我々がやった」


 そう言ったのは、城兵の一人。


「こいつは、我々を裏切っていたそうだからな。本来なら、殺すところだが『命だけは助けてやる』とミール殿が約束したそうなので、半殺しで勘弁してやることにした」


 そういうことだったのか?


「カイト君」


 ダモンさんの方を向いた。


「ここにいる者たちを脱出させたら、私はあの計画を実行しようと思うのだ。君が来る前にバルブを全開したので、間もなく地下全体にガスが充満する。後は爆弾をセットするだけなのだが……」

「分かりました。それじゃあ爆弾を仕掛けてきますから、ダモンさんはみんなを連れて屋上へ行ってください。そこへ出れば、ベジドラゴン達が連れて行ってくれます」

「分かった。それでは頼んだぞ。私たちは、隠し通路から見張り塔に登って屋上に行く。君もすぐに追いかけてきてくれ」


 ミールの方を向いた。


「ミール。みんなの護衛を頼む」

「ええ! あたしも残ります」

「頼む。みんなを守ってくれ。それにガスが放出されている以上、地下へは僕しか入れないんだ」

「分かりました。でも、分身二体だけはつけさせて下さい」

「分かった」


 話がまとまると、ダモンさんは本棚をずらして隠し扉を開いた。


 僕は分身達ミールズを伴って地下へ向かう。

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