第110話 殺人マシーン?

 城内に入って、いくらもいかないうちに、敵と遭遇した。


 ボーガンを持った十五人ほどの部隊。


「何者だ!?」


 先頭の兵士が、ボーガンを僕に向けて誰何する。


「やあ……」


 軽く挨拶してみたが、それでは誤魔化せそうにはない。


 当たり前か……


 石壁に囲まれた狭い通路で、五人以上は横に並べない。


 兵士たちは、通路の幅いっぱいに広がり、一列五人三列に並び、まるで集合写真でも撮るかのように、最前列が屈み込み、二列目が中腰、三列目が直立して、十五本の矢を一斉に放てる態勢でいた。


 それにしてもボーガンを持っているという事は、いよいよ弾薬が無くなってきたか。


「何者かと聞いている。答えろ」

「ミールを取り返しに来た者だよ」


 正直に答えた。


 矢が一斉に飛んでくる。


 ひどいなあ、正直に答えているのに……


 まあ、撃たれたところで、磁性流体装甲リキッドアーマーに矢なんか通じないけどね。


 それにそうしてくれた方が、僕もやりやすくなって助かる。


 矢の雨を浴びながら、僕は徐に背中のショットガンを抜いた。


 そのまま、兵士たちに向けて連射。


 十五人の兵士は、たちまち挽き肉ミンチと化していく。


 返り血をかなり浴びてしまったが、あまり嫌悪感が沸いてこない。


 殺人への抵抗がドンドン無くなっていくようだ。


 ミールじゃないけど、暗黒面に墜ちるってこんな感じかな?


「カイトさん。こっちです」


 通路の分かれ道で、ミールの分身が右を指さしていた。


「カイトさん。気分は大丈夫ですか? あんなに殺して……」


 ミールは走りながら心配そうに言う。


「最近、あまり抵抗を感じないんだ。よくない兆候だね。今の僕は、殺人マシーンだな」


 突然、ドアが開いて若い女性兵士が出てきた。


 女は一瞬、僕を見て驚愕の表情を浮かべる。


 驚いた顔が、なかなか可愛い。


 次の瞬間、彼女は抜刀してかかってきた。


 もちろん、ロボットスーツを装着した僕には脅威にならない。


 剣を叩き折り、一押しすると彼女は通路の隅に転がった。


「命を粗末にするな。隠れていろ」


 そう言って僕は走り去る。


「カイトさん」


 前を行くミールが、非難がましい声を出す。


「殺人マシーンになったのでは、なかったのですか?」

「時々、人間に戻るみたいなんだな。ははは……」

「都合のいい、殺人マシーンですね」

 

 ミールまで、Pちゃんみたいな事言うなよ。

 

 そのまま一階に辿り着くまでに、五回接敵。

 

 死体の山を築きながら、僕たちは突き進む。


 時折、遭遇する女性兵士は見逃すのだが、そのたびにミールの機嫌が悪化していった。


 いかん。早くしないと、ミールが暗黒面に堕ちてしまう。


「う!」


 前を走っていたミールの分身が頽れる。


「大丈夫か?」

「どうやら……時間切れのようです」

「え? あ! 足が……」


 分身の足が消えかかっている。


「ミール!」 

「カイトさん……その先……」


 通路の先を指差した。


「そこの床を叩いて下さい」

「分かった」


 言われた通り床を叩いた。


「もう少し先」


 さらに二メートル先の床を叩いた。


「もうちょい先」


 一メートル先の床を叩く。


「そこです。その真下に……あたしはいます」

「本当か」

「後は……頼みます」


 分身体が完全に消滅した。

 

 カラン!


 床の上にミールが憑代にしていた木札が転がる。


 よーし、待ってろよ。


「ブースト」


 床が少しへこんだ。


 さらにパンチを叩き込む。


 慎重に……


 力を入れ過ぎないように……


 スピードは速く……


 力が広範囲に広がり過ぎると床全体が崩れてしまう。


 一か所に力が集中するように、経絡秘孔を……いやいや床を撃つべし!


「あたたたたたた!」


 ボコ!

 

 ようやく穴が開いた。 


「ミール! そこにいるのか?」


 床にうつ伏せになり、穴を覗きこんだ。


 ミールがこっちを見上げている。


「カイトさん! あたしは、ここです」


 穴から返事が返って来た。


「巾着を落としてください。それさえあれば、後は自力で出られます」

「分かった」


 巾着を穴から下に落とした。


「ありがとうございます。そこで待っていて下さい。下手に動くと道に迷います」

「分かった。待ってる」


 そう言って穴から顔を上げた僕の目に最初に入ったのは、剣を振り上げて今にも切りかかろうとしている兵士の姿だった。


 ボキ!


 兵士の振り下ろした刃は、ヘルメットに当たってあっさりと折れる。


「ブースト!」


 兵士は、パンチ一発で吹っ飛んでいった。


「いたぞ!」「あそこだ!」


 通路の角から、兵士たちがワラワラと出てくる。

 

 面倒だな。


 一人ずつ殴り倒すか? ショットガンで一気に片付けるか?


「君たち、ここは引きたまえ」

 

 ん? 赤い重厚な鎧を纏った戦士が、廊下の奥からやってくる。


 ズシリ、ズシリと音を立てて……


 あれは、帝国兵の鎧じゃない。まさか、ロボットスーツ?


 隊長らしき男が振り向く。


「エステス殿。しかし……」


 エステス? 中の人はカルル・エステスなのか?


「引くのだ。この男は、君たちの勝てる相手ではない」

「いや……しかし……」

「ネクラーソフ将軍の許しも得ている」

「せめて、援護を……」

「いらぬ。むしろ君たちに、ここにいられては足手まといだ」


 隊長は、しぶしぶ納得したようだ。


「総員撤退」


 隊長の命令で、兵士たちが後退していく。


「カルル・エステスか?」


 カルルは、角のような突起のついているヘルメットのバイザーを開き、顔を見せた。


「こうして、直接会うのは初めてだな。北村海斗」


 僕もバイザーを開いて顔を見せた。


「できれば、会いたくなかったな」

「そう嫌うなよ」

「その鎧は?」

「ロボットスーツを持っているのは、お前だけではないという事だ」

「やはりロボットスーツか。僕のとは、少し仕様が違うみたいだけど」

「リトル東京では、俺にロボットスーツは支給されなかった。これは、俺がリトル東京から持ち出したカートリッジを使って、帝国のプリンターで作ったものだ」


 持ち出した? ようするに盗んだって事だろ。


「帝国のコンピューターに、ロボットスーツのデータがあったの?」

「あった。ただし日本製ではない。これは、日本のロボットスーツを参考に、某国で開発された物だ」

「某国で?」

「お前は、生データから作られたから知るまい。俺達のデータが取られた後、日本と某国との間で紛争があった」


 そういえば、Pちゃんがそんな事を言っていたな。


「その紛争で、ロボットスーツが実戦投入された。紛争を戦争に発展させないため、なるべく相手の兵士を死なせない必要があったのでな。そこでロボットスーツを装備した自衛隊員に、非致死性兵器を持たせて戦うなどという、とんでもない作戦が実行された。だが、自衛隊は見事にやり遂げて、死者を出さずに某国の部隊を無力化した」


 僕はカルルを指差した。


「そのロボットスーツとの戦いの結果は?」

「これは実戦配備が間に合わなかった。だが、間に合っていたら、自衛隊は勝てなかったかもしれない」

「なんで?」

「さっきも言ったが、これは日本のロボットスーツを参考に開発された。当然スペックはそれを上回るものだ」

「どのぐらい?」

「パワーもスピードもお前の三倍。北村海斗。お前に、勝ち目はない」

「一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「それを装着するのって、今日が初めてか?」

「そうだが」

「悪いことは言わない。そのスーツは、使わない方が身のためだぞ」

「ふん。怖気づくあまり、そんな嘘を」


 いや、嘘じゃなくてマジにそれ使うとヤバイんだけどな……


「どうだ。降伏するなら今のうちだぞ」

「降伏する必然性を、まったく感じないのだけど」

「ふん。ならば必然性を、覚えさせてやる」 


 カルルは床に開いてる穴に視線を向けた。


「小さな穴だな」


 え? こいつ、何を考えて……


「お前の力ではこの程度か? 俺なら、もっと大きな穴があけられるぜ」

「バカ! よせ」


 止める間もなく、カルルは床に拳を叩きつけた。

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