第105話 「婚約者? なんの事だ?」

『喋ったぞ!』


 ネクラーソフが驚いている。


 その横からアンダーの顔が割り込んできた。


『ああ! その声は、この前ミールと一緒に俺を騙した男』


 アンダーの奴、たったこれだけの声で僕だと分かったのか。ある意味凄いな。


『てめえ。よくも俺を騙してくれたな』

「アンダー。ミールに聞いたけど、お前は子供の頃からつまらない嘘をついては、それがばれると『騙される奴が悪い』とか言っていたそうだな。それなら、騙されたお前が悪いという事だ」

『うるせー! 俺はいいんだよ』

『いや、良くないぞ』

『うん、良くないな』


 なぜか、ネクラーソフとカルルまで僕に同意する。


 まあ、それは置いといて……


「カルル、よくここにドローンがあると分かったな」

『予想しただけさ。空中から近づけないとしたら、地上からドローンを送り込んでくるだろうとな。しかし、普通に潜入させようとしても、城壁や濠を超えるのは難しい。となると、これから城に入ってくる乗り物に便乗するはずだ』

「なるほど、正しい読みだ。だけど、僕が諦めるとか考えなかったのかい?」

『それはないな。なにせ、こっちは、お前の婚約者を預かっているのだからな』

「婚約者? なんの事だ?」

『何って、ミールと婚約したのだろ?』

「誰が、そんな事言った!?」

『ミール本人がそう言っているが、違うのか?』


 マイクのスイッチを切ってから、くるっとミールの分身の方へ視線を向けた。


「ミール。そんな事言ったの?」

「ええ? ミールをもらってくれるんじゃなかったのですか?」

「え? いや……その……」

「だってえ、ミールの着替えを、あの男に見られてしまったのですよ。カイトさんがもらってくれなければ、ミールお嫁にいけません」


 こ……こんな、ややっこしいことになったのも……


 マイクのスイッチを入れた。


「カルル! すべてお前のせいだ! この覗き野郎!」

『いきなり、覗き野郎とはなんだ!? 人聞きの悪い』

「覗いただろう。ミールの着替え」

『あ……あれはだな……』


 カルルが言いよどんでいるところに、ネクラーソフが口をはさむ。


『エステス君。君は御婦人の着替えを覗く趣味があるのかね? あまり、感心できんな』


 このおっさん、意外とモラル意識は高いんだな。


 性格は悪いけど……


『ち……違いますよ、閣下……あれは……』

『ミールは捕虜ではあるが、今後は帝都にお連れして、魔法能力者に技術指導をしてもらわなければならない。くれぐれも、機嫌を損なうような事は控えて頂きたい』

『ですから……あれは事故みたいなもので……』

「何が事故だ! おまえのせいでな、ミールは嫁に行けなくなったって泣いてたんだぞ」

『だったら、お前がもらえよ』

「いや……それは……」

『それとも、香子にまだ未練があるのか?』

「は? 誰に?」

『香子だ。鹿取香子』

「いや……この惑星で、香子には会えないだろ」

『香子なら……』

『ギャハハハハ!』


 カルルのセリフは、アンダーの下卑た笑い声で中断された。


『着替えを覗かれたから嫁に行けない? 笑っちゃうぜ。俺なんか、ミールの着替えどころか、入浴を何度も覗いてるぜ』


 後ろを見るとミールの分身が怒りに震えていた。


『ばれる度に半殺しにされたけどな。だから頭にきて、あいつの悪い噂を、あちこちに広めてやったのさ。ミールが近隣の男たちからフラれたのは、実は俺のせいだったりするんだな』


 ああ、こいつ最低だ。


『エステス君、ミールの着替えを覗いてしまったのは事故だったのだな。それなら、城に戻ったら、その件に関してミールに謝罪してもらえないか』

『閣下。謝れと言うなら謝りますが、そんな事で機嫌が治るとは……』

『手土産として、この男の手足を縛って引き渡すのなら、機嫌を治してくれるかもしれん』

『そうですか。ではそうしましょう』


 勝手に人身御供に指定されたアンダーは慌てた。


『ちょ……ちょっと待ってくれ! なんでそうなる?』

『アンダーよ。わしは、昼間からずっとお前を射殺してやりたいと思っていたが、まだお前に利用価値があるかもしれないと考えて、思いとどまっていた。ようやく、おまえの利用法が決まったぞ。ミールの機嫌をとるための、犠牲となってもらおう』

『おい! そりゃないだろう! 今まで、散々協力してやったじゃないか! 俺を、帝国民にしてくれるって、約束したじゃないか!』


 ネクラーソフは、ゴミでも見るような視線をアンダーに浴びせながら言い放った。


『帝国に、下品な男は無用だ』

『冗談じゃない!』


 馬車から逃げ出そうとしたアンダーは、ネクラーソフの部下に縛り上げられた。

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