第97話 あれ? 名前間違えたかな?

 奴は、不敵な笑みを浮かべていた。


「お前は……カール」


 奴の不敵な笑みが、少しだけ引きつった。


 あれ? 名前間違えたかな?


「ご主人様」


 Pちゃんが、僕の耳元でささやく。


「あの男は、カールじゃなくてカルルです。カールは、明治製菓のスナック菓子です」

「すまん、間違えた。カルルだったな。カルル……エグゾゼ」


 あれ? 奴の引きつった笑みが、怒りの表情に変わっていくよ。また間違えたかな?


「ご主人様。エグゾゼではなくてエステスです。エグゾゼは一九八二年に起きたフォークランド紛争でアルゼンチン空軍が、英国海軍駆逐艦シェフィールドを撃沈したときに使用した、おフランス製の空対艦ミサイルです」


 訂正だけしてればいい! 無意味な薀蓄すな!


「ああ、間違えた。カルル・エステスだったな」

『もういい! おまえが俺の名前を忘れていたという事は、よく分かった』

「怒るなよ」


 気の短い奴だな。


『別に怒ってなどいない』


 いや、怒っているだろう。眉間に皺よせて……


「で、僕になんか用かな?」

『あれから、かなり時間が経つが、気が変わって俺の申し出を受ける気になったか?』

「申し出? なんだったっけ?」

『忘れたのか?』

「うん」


 あ! なんか、怒りをこらえるようにプルプル震えている。


『俺たちと手を組まないか? と言ったはずだ』

「ああ! そのことか」

『この惑星で、おまえも、苦労しただろう? 俺たちと手を組めば楽になれるぞ。どうだ? 今からでも、俺たちと手を組む気にならないか?』

「ならないな。むしろ断って正解だったと、確信しているぐらいだ」

『ほう。なぜた?』

「お前の言う仲間というのは、帝国軍の事だろう?」

『その通りだ』

「奴らのやっている残虐行為をこの目で見てきた。奴らがこの惑星の国々を侵略している事も聞いた。そんな悪事に、加担するのはごめんだね」

『キレイ事言うなよ』

「キレイ事じゃない。お前こそ、よくこんな残虐行為に加担できるな」

『おまえ、自分の置かれている状況に、納得できるのか?』

「状況?」

『この惑星に送り込まれた俺たちは、もう地球に帰ることも、衛星軌道上の母船に帰ることもできない。この惑星で生きていくしか道がない。だというのに、地球の奴らが勝手に作った宇宙条約で俺たちの行動は縛られ、この惑星の住民に遠慮して生きていかなければならない。自分たちの国を作ることも許されない。ナーモ族から間借りした僅かな土地で、細々と生きていくしか、俺たちには許されないのだ』

「だから、リトル東京を裏切って、帝国に走ったのか?」

『ほう。誰に聞いた?』

「帝国の奴らに聞いたよ。あいつら、本当は地球人なんだろ。宇宙条約違反がばれて、処罰されるのを恐れて、この惑星の住民のふりをしているんだろ。まるで、宇宙人総理だね」

『それの、何が悪い?』

「なぜ、それが悪くないと言える?」

『あいつらは……帝国人も、生き残るのに必死だったんだ』


 必死だったら何やってもいいか? と、突っ込みたいところだが、もう少し話させてみるか。


『今から七十年前、帝国人の祖先たちは、この惑星に降りた。最初は俺たちと同じくプリンターで出力されたコピー人間だけ。地表に降りてみると、手付かずの自然ばかり。これなら植民地にしても大丈夫と判断した彼らは、地球から持ち込んだ凍結受精卵から子供を作り人口を増やしていった。ところが、人口が万単位にまで増えたとき、この惑星上には、すでに先住民がいた事に気がついたのだ。だからと言って、今さら住民を地球に送り返すことはできない。ここで生きていくしかなかったんだ』

「それで?」

『それでってな……気の毒だと思わないか? 帝国人が』

「今の話のどこに、同情の余地がある?」

『何?』

「まるで先住民がいることを知らないで、移民を送り込んでしまったかのように聞こえたけど」

『だから、そう言っているのだ』

「そんな馬鹿がどこいる? 先住民がいる事は、きちんと調査していれば分かったはずだ。移民を送り込む前に、現地調査をしない馬鹿がどこにいる?」

『いや……それは……』

「先住民がいる事は、本当は知っていたのじゃないのか? だけど、文明程度は低そう。これなら簡単に征服できる。侵略しよう。そうしよう。とか考えて、移民を送り込んだのじゃないのか?」



 なんて事を言いながら、実は僕は知っていたのだけどね。


 ここに来るまでの間に、この惑星の歴史をミールからかなり聞いていた。


 帝国人のシャトルが降りてきた時の事は、ナーモ族の歴史書にも記載されている。


 そのシャトルから降りてきた人間と、ナーモ族が接触している事も……


 つまり、先住民がいるなんて知らなかった、などという事はありえないわけだ……


『う……俺が言ったのではなく、帝国の学者から聞いた話なんだが……』

「お前が、そんな話を信じるような馬鹿には見えないな。信じたふりをしたのだろう」

『それの何が悪い! 侵略なんてな、される奴が悪いんだよ!』


 開き直りやがった。


『それに、ここは地球じゃない。地球の法律や常識に捕らわれる必要なんかない。そうは思わないか?』

「まあ、ちょっとは思うけど」

『だったら、無理をしないで、自分の好きなように生きようじゃないか』

「自分の好きなように……だと?」

『そうさ。ナーモ族なんて所詮は異種族。遠慮する必要がどこにある? 奴らを蹂躙し、土地を奪い、俺たちの国を作ろうじゃないか』


 こいつ……クズだ!


「やっているさ」

『は?』

「僕は、この惑星に来てからは、誰にも命令される事もなく、自分の好きなように生きてるさ」

『そうなのか?』

「だが、僕の好きな生き方は、お前とは違う。お前の生き方を、押し付けるな!」

『そうかい。では何かい? おまえは、誰も傷つけることなく生きていきたいとか言うのかい? そういうのを、脳内お花畑って言うのだぜ』

「少し違うな」

『どう違う?』

「確かに、僕は人を傷つける事無く生きていきたいと思っているし、人を傷つけても楽しいなんて思わない。でも、僕に敵意を向けてくる奴に無抵抗でいるほど、おめでたくはないぞ。それに、世の中には人を傷つける事が楽しく楽しくて仕方がないという変態野郎が存在する事は知っている」

『ほう。お前から見たら俺は、その変態野郎なわけだが、それでお前はその変態野郎をどうする? 人を傷つけたくはないのだろう』

「そんな変態野郎は、人とは思わない事にした。害虫だと思うことにした。害虫は駆除するしかない」

『ならば、俺を駆除してみろ』

「言われずともやってやる!」


 奴のドローンに狙いを定め、僕はミサイルを発射した。

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