第79話 関所

 関所の五キロ手前に、車を止めた。


 もう、敵の勢力圏内と言っていい。


 周囲から集めてきた木の枝を、車に被せてカムフラージュした後、テントを一つだけ出して僕らは、その中で打ち合わせをすることにした。もちろん、警戒用のドローンは浮かべてある。


「師匠。私は……」


 車から降りようとするキラを、ミールは押しとどめた。


「あなたは、車の中で寝てなきゃダメ」

「それは、私を信用していないという事か?」

「では、キラ。あなた『銃を持って帝国兵を殺せ』と、あたしが言ったら、やれるの?」

「それは……」


 ギラは口ごもる。


 その間に、ミールは何かの呪文を唱えていた。


 突然、キラが倒れ掛かり、ミールに支えられる。


 睡眠魔法?


「Pちゃん。キラを車の中に押し込むのを手伝って下さい」

「はい」

「僕も手伝おうか?」

「カイトさんはダメです」

「え?」

「キラは女の子なのですよ。触りたいのですか?」

「いや……その……」

「そうです。ご主人様は、手を出しちゃいけません。まったくエッチなんだから」


 ヒドい言われよう。悲しいなあ……


 テントの中に入ると、先に運び込んでおいたPC画面に関所の様子が映っていた。


 関所上空に、浮かんでいるドローンから送られてくるリアルタイムの映像だ。


 関所は、岩山を切り開いた幅十メートルほどの切り通しの両側の入り口に門を設けた構造。さらに切り通しの上には橋がかけてあり、その橋の上に見張り小屋があって、切り通しを通る人間を上からチェックできるようになっていた。


 敵が来たら、ここから矢を射かけたり、投石したりして攻撃するのだろう。


 岩山の上には、役人の詰所と思しき建物。


 中の赤外線源は十。


 そのうち二つが、ダモンの妻子だとするなら兵士の数は八。


 問題は、本当にここにダモンの妻子がいるのか?


 アンダーは、ここへ連れてきたと言っているが、その後もここにいるか分からない。


 その時点で城はまだ落ちていなくて、監禁できる建物が他になかったからここを使ったらしいが、城が落ちた今では他にいくらでも監禁場所を用意できるわけだ。


 すでに、他の場所に移された可能性もある。


 ネクラーソフは、ダモンたち魔法使いを帝都に連れて行く目的だ。


 それなら、その家族を先に帝都に運び込んでいるかもしれない。


 もし、ここにダモンの妻子がいないなら、今ここを襲撃しても意味がない。


 まあ、いずれ、ここを通る時に襲撃することにはなるけどね。


 その時のために、戦力を確認しておくに越したことはないか。


 前回、偵察した時は十人いた。


 二人減ったのか?


 と、思ったら見張り小屋に二人いたので戦力は十人。


 前回と変わり無しか。


 いや、門のところにも見張りがいるはず。


 丁度いいぐあいに、通行人が通りかかった。


 ん? これは?


「ご主人様。お待たせしました」「カイトさん。こっちは済みました」


 Pちゃんとミールがテントに入ってきた。


「ミール。ちょっと、これを見てくれ」

「なんでしょう?」


 ミールはPC画面を覗き込む。


 通行人が、誰からも咎められることもなく、関所を通り抜けて行った。


 そもそも、そこに役人がいない。


 関所というから、箱根の関所のように髪の毛まで調べられるものかと思っていたが……


 馬車のような乗り物が通りかかった。


 実際に車を引いているのは、馬ではなくトリケラトプスに似た生物。


 ナーモ族は荷役龍と言っていたが、それも全く咎められることなく関所を通り過ぎて行った。


「この関所って、元々自由に通れるものなの?」

「いいえ、通行料を、取り立てられていましたわ」

「通行手形とかは?」

「それはありません。でも、通行料の取り立てがひどいのですよ」

「そんなに高かったの?」

「あたしが分身を連れて通ろうとしたら、分身の分まで払えって。宮廷魔法使いの証明書を提示して、分身がどういう物か説明しても、取り合ってくれないのですよ」

「そうなの?」

「通行料は、あくまでも自由人にかけられるもので、家畜どころか奴隷にも、かけられません。分身は、奴隷と同じ扱いにするべきだと言っても『払え』の一点張り。まったく、がめついにも、ほどがあります」


 いや、その人は職務に忠実だっただけだと思うけど……


「がめついって……ミールさん。あなたが、それ言いますか」

「Pちゃん。あたしのどこが、がめついと……」

「いつも『損害賠償』と言って、帝国軍兵士の身包み剥いでいるじゃないですか」

「あれは正当な行為です。法律上も問題ありません」

「ミールさんの脳内法律ですか?」

「そんな事はありません」


 ああ! また話が脱線した。


「とにかく、今現在はここが関所として機能していないように見えるだけど、どうなの?」


 ミールはもう一度PC画面を見た。


「確かに、通行人が素通りしていますね。何のための関所なのだか……」


 いや、考えてみれば、帝国軍が関所を占領したからと言って、そこをそのまま関所として使うかは分からない。


 そもそも、帝国国内には関所なんてないのかもしれない。


「キラを起こして聞いてみるわけには、いかないかな?」

「カイトさん。あたしとしては、この件に関してキラには一切関与させたくないのです」

「なぜ?」

「あたしにとって帝国は敵です。でも、キラにとっては大切な祖国。祖国を軽々しく裏切るような人を、あたしは弟子として近くに置いておきたくはありません」

「ミールさん、意外と潔癖ですね」

「Pちゃん。少し違います。さすがにあたしも、自分が潔癖だなんて自惚れていません。狡い事だってしちゃいますよ」


 自覚あったんだ。


「祖国を裏切るような人を、近くに置いときたくないというのは、そういう人は、いつかあたしも裏切るかもしれないからです」

「ミールは、キラを信用できるのかい?」

「ええ。いろいろと腹の立つこともあったけど……嘘をつけない子だという事は、分かりましたから」

「そうか。それで聞くけど、ダモンさんが裏切った事を、君は許せるのかい?

「許すとか許さないとか、そういう気持ちはないです。奥さんと子供を人質に取られて仕方なくやったのなら、それさえ取り戻せば味方に戻ってくれると思っています。考えが甘いかもしれないですけど……」


 PC画面に目を戻すと、新たな動きがあった。


 建物から人が出てきて、昼飯の支度を始めたのだ。


 雨が降っていないからなのか、庭で食事するらしい。


 兵士たちが庭にテーブルを並べ、別の兵士が竈に火を入れている。


「そろそろ、お昼の時間ですね。ご主人様、ごはん何がいいですか?」


 言われてみれば、お腹が空いてきていたな。


「たまには、あたしが用意しましょうか?」


 画面の中では、兵士たちが大鍋を竃の上に乗せていた。


「ミールさん。料理できるのですか?」


 Pちゃんが疑わしそうな目を向ける。


 画面の中では、ナーモ族の中年女性が食材を鍋に放り込んでいた。


「失礼ですね。あたしだって料理ぐらいしますよ」


 画面の中で、ナーモ族の子供がテーブルに食器を並べていた。


「あたしの作る、モーンプチシチューは絶品ですよ。ダモン様の奥様にレシピを教えてもらったのですが。一度、カイトさんに食べて頂きたいですわ」


 ううむ……まだ、あまりナーモ族の料理を口にしたことがないのだが……日本人の口に合うのだろうか?


「ミール。そのモーンプチシチューって、どんな料理?」


「ええっとですね」ミールはPC画面を指差した。「ちょうど作っていました。こんな料理で……す……え?」


 ミールの目はPC画面にくぎ付けになる。


「奥さん?」


 え? 奥さん?

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