第75話 ティータイム

 雨が止むのを待って、アンダーは城を出た。

 城から十分離れたところで、切り株に腰を下ろして笛を吹く。

 音は鳴らない。

 人の耳には聞こえない音波を出す笛だからだ。

 犬笛みたいな物。

 ただし、これで呼ぶのは犬ではない。


『さっぱり来ねえな』


 アンダーがもう一度笛を吹こうとしたとき、羽の音がした。

 見上げると、赤いリボンをつけたベジドラゴンの子供が降りてくる。


『子供に用はない。大人を呼んで来い』

『大丈夫、アタシ、人、乗セラレル』

『本当かよ? 謝礼は、酒しかないぞ。お前飲めないだろ』

『オ父サン、オ酒、喜ブ』

『そうかい』


 アンダーはベジドラゴンに跨った。



 エシャーが飛び立ったのをPC画面で確認した僕は、席を立ちレインコートを羽織った。


「Pちゃん。ここを頼む」


 僕はミールと一緒にテントを出た。

 外は、やや肌寒い。

 空は相変わらず、どんよりと曇っている。

 雨季は、まだまだ続きそうだ。

 トレーラーの下に、もう一つテントが張ってあった。


 今、その中でキラ・ガルキナがミールの魔法で眠っている。彼女は一見元気そうに見えたが、ミールが見たところ精神に相当のダメージを受けているようだ。

 分身魔法を、何度も暴走させた結果だ。

 ミールが言うには、死んでいてもおかしくなかったらしい。

 ミールは、キラ・ガルキナに三日間安静にしているように命じた。

 本格的な修行は、それからだそうだ。


 僕らはトレーラーを降りると、発電機の傍へ行った。


「城はどっちの方向?」

「あっちです」


 ミールの指差す方向に双眼鏡を向けた。

 程なくしてエシャーの姿が見えてくる。


「来た。ミール、テントに隠れて」

「はーい」


 ミールはキラ・ガルキナのテントに入った。

 しばらくして、エシャーが上空に現れる。

 僕はレインコートのフードを被った。

 これで、地球人かナーモ族か、すぐには分からないだろう。


「おい! なんでこんなところで降りる?」

「雨ヤドリ、モウスグ、雨フル」

「お前、そんな事分かるのか?」


 エシャーは、僕の目の前に降りた。

 エシャーに跨っていたアンダーが降りてくる。


「よお、あんた。済まないが、もうすぐ雨が降るそうなんだ。休ませてもらっていいかい?」

「ああ、いくらでもいていいよ」


 ていうか、このまま帰さないけど……

 僕は、アンダーを発電機の傍に案内した。

 そこに置いてあった折り畳みテーブルに、ガーデンパラソルを立てる。


「へえ、便利なものだな」


 アンダーは、感心したように言う。


「雨が通り過ぎるまで、ここでゆっくりしていってくれ。今、茶を入れるよ」

「おお、わりいな」


 丁度その時、雨が降ってきた。


「ベジドラゴンて天気が分かるのか? 初めて知ったぜ」


 いや、君をここへ降ろすためにエシャーに言わせただけだよ。

 本当に降ってくるとは思わなかった。

 ちなみに、エシャーが着けている赤いリボンは、今回の事に協力してくれた事への僕からの報酬。


「お待たせしました」


 Pちゃんが、お茶を運んできた。


「おお! 可愛いメイドじゃねえか」


「ありがとうございます」


 Pちゃんは、テーブルに茶器を並べた。

 ちなみに茶と言っても、地球の茶葉を使っているのではない。

 この惑星にある、茶と似た植物の葉を使っている。


「ん?」


 茶器を見てアンダーが、怪訝な顔をする。


 あ! うっかりしてた……


 ナーモ族の使っている茶碗は、両側に取っ手が着いてるのが普通。

 これは、取っ手のまったくついていない東洋風茶器。

 怪しまれたか?


「これ、ひょっとしてケイトクチンか?」


 え? 今、景徳鎮けいとくちんって言ったような?


 ちなみに、この茶器はPちゃんがプリンターで出したもので、ブランドなどまったく知らない。

 てか、なんでこの男が、地球の磁器ブランドなんか知っているのだ?

 まあ、とにかく怪しまれたわけじゃなかったのか。


「Pちゃん。これは、景徳鎮なのか?」

「いいえ。伊万里いまりです」


 アンダーは、首をひねった。


「イマリというのは聞いたことないな。それも、カルカの物か?」


 カルカ!? それ、ミールが言っていた、帝国に滅ぼされた国……


「さあ? 古物商から手に入れたのでね。どこで作られたものかは知らないんだ」

「そうか。しかし、こんな高価な物使っているって、あんた金持ちなんだな」


 高価なのか?


「親父が、ケイトクチンを持っていたんだ。昔、カルカの商人から買ったとか言ってたな」


 カルカに景徳鎮が? 

 こりゃあ、ますます行って確かめないとな。


「もっとも、今は家にはないけどな」

「割ったのかい?」

「いや。俺が売りとばした。おかげで親父から、勘当されたぜ」


 なるほど。ミールの言う通り、こいつワルだな。 

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