第74話 内通者
重厚な扉が開いた。
室内に入って最初に目に入ったのは、豪華な執務机。
机の後ろには二つの窓があり、窓と窓の間に帝国旗が掲げられている。
『遅かったな』
そう言ったのは、執務机の向こうに座っていた男、ネクラーソフ。
『それで、ミールはどうしている?』
ネクラーソフの問いかけに、部屋に入ってきた男が答える。
『ミールは、村にいない』
『なに?』
『帝国軍が去ってから、数日は姿を見かけていたのだが、ある日を境に姿が見えなくなった。どうやら、旅に出たみたいだ』
『旅だと? 行先は分かるか?』
『行先は分からん』
『使えん奴だな』
「あのバカ。ここまで、最低の男だったとは……」
PC画面を見つめるミールは、怒りに震えていた。
三十分ほど前、ミールの分身たちと入れ替えた補給部隊が城に入った。
分身たちにはもちろん、カメラとマイクを持たせておいてある。
それで、城内の様子を見ていたら、ナーモ族の姿が映ったのだ。
最初は拉致されたのかと思ったが、それにしては自由に動き回っているようだ。
しかも、ミールの知人だったらしい。
ミールは、兵士姿の分身たちを動かして男に不審尋問をして、その隙に男にカメラとマイクを付けたのだ。
「ミール。こいつは、誰なの?」
「アンダー。村長のところの、ドラ息子です」
「息子? けっこう若いけど、孫じゃないの?」
「村長が歳をとってから生まれた息子です。昔から、悪さばかりしていて、村の嫌われ者でしたわ。しかし……」
ミールは、画面を睨みつけた。
「まさか、帝国に内通していたとは……」
「村長も関わっていたのかな?」
「分かりません。村長とは、ずっと不仲でしたから」
これで村長の家が無事だった理由も、ミールのおじいさんたちが隠れていた鍾乳洞が、あっさり見つかった理由も分かったわけだ。
『今回の謝礼だ』
ネクラーソフは執務机の上に銀貨三枚を置いた。
『おいおい、これっぼっちかよ。金貨をくれるって約束じゃないか』
『馬鹿者! 金貨が欲しければ、ミールの居場所を突き止めて出直してこい』
『ちっ』
舌打ちしながらも、アンダーは銀貨を拾う。
『せめて、ここまで来るのに掛かった費用は、別払いにしてもらえないか?』
『ここまでは、どうやって来た?』
『ベジドラゴンに乗ってきたが』
『ベジドラゴン? 飼っているのか?』
『はあ? ベジドラゴンは家畜じゃねえ!』
『家畜じゃない? しかしそれなら、どうやって野生動物に乗りこなせる?』
『野生動物じゃねえ。あいつら知能を持ってるんだよ。乗りたかったら、報酬払って乗せて貰うんだ』
『報酬? 金か?』
『あいにく、あいつら金の価値を知らない。報酬は食い物とか、酒とか、道具とかだ。最近じゃアクセサリーを欲しがる奴もいる』
『なるほど。で、今回はベジドラゴンに、いくら払った?』
『酒を一瓶、銅貨五枚分だ』
『では、その領収書を会計に持って行け。そしたら、払ってやる』
『あのなあ、あいつらは字が書けないんだよ』
『冗談だ。ほれ。釣りはいらんぞ』
ネクラーソフは銀貨を一枚、机の上に置いた。
『おい。あんたら、今までベジドラゴンを、野生動物と思っていたのか?』
『そうだが、何か?』
『ここへ来る途中、ベジドラゴンに聞いたが、最近城の近くでベジドラゴンの子供が行方不明になっているそうだ。まさか、あんたらじゃないだろうな?』
『さあ? ワシは知らんな』
『そうかい。まあ、俺の知ったことじゃないがな』
『次に来るときは、ミールの情報を掴んでくるのだぞ』
アンダーは執務室を出た。
ベジドラゴンの子供が行方不明になっている?
奴ら、前に竜騎士団を編成するために、ベジドラゴンを捕獲するとか言ってたな。
「ミール。分身たちは、どうしている?」
「食事中です。本当は必要ないのですが、食べないと怪しまれるので……」
「食事が終わったら、城の中を歩き回らせる事はできるかな?」
「無理です。補給部隊はすぐに出発する予定になっていますので、残っていると怪しまれます」
「そうだった」
「それに、ダモン様も言っていましたが、城内にデジカメを持っている者がいます」
ミールの分身が、城内に侵入した事を今知られるのはまずい。
運び込んだ火薬の樽を調べられる危険がある。
それに、ミールが城の近くにいる事も知られてしまう。
分身を使わないで偵察する方法は……
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