第72話 私に説得する機会をくれ

 キラはさらに話を続けた。


「ちょうど、その頃、ダサエフ中隊との連絡が途切れていてな。ネクラーソフから、様子を見てこいと命令されたのだ。魔法使いを捕まえるまでは、帰ってくるなともな。ようするに奴は、私を厄介払いしたかったようだ」


 厄介払いされたという自覚はあったんだ。


「魔法使いには、会えたのかい?」


 会ってない事を知りながらこういう事聞く僕って、やな奴だな。


「会えなかった。それどころか、道に迷ってしまい、ダサエフ中隊の駐屯地にも、たどり着けなかった」


 近くにまで来ていたのに……


「その時に、おかしな鎧を着た男に出会ったのでな。道を尋ねようと呼び止めただのだが、そいつにおちょくられたもので、つい頭に血が登って発砲してしまった」


 道を聞きたかっただけなのか。


 だったら、素直に『道を教えてください』と言えばいいものを……


「幸い弾は外れたが……」


 いや、当たってた。第一層まで貫通された。


「奴を怒らせてしまい、川に叩き込まれてしまったのだ」


 いや、別に怒ってはいなかったけど……


「その直後から、私の記憶が途切れてしまった。どうやら、分身が暴れたらしい」


 それは知っている。


「気が付くと、私は荒野に一人倒れていた。近くに怪我をした帝国兵がいたので、話かけてみたのだが、奴は悲鳴を上げて逃げ出した。どうやら、私の分身に何かされたらしい。なんとか捕まえて事情を聞いてみたところ、ダサエフ中隊は魔法使いに敗北して逃走中だというのだ。そこまで話したところで、そいつは死んでしまった。仕方なく、私は一人でここまで落ち延びてきた。しかし、魔法使いを捕まえるまで帰ってくるなと言われているので、城を目の前にして帰るに帰れんのだ」

「しかし、なんでネクラーソフは君にそんな意地悪を? 魔法が暴走したら、奴だって困るのだろ」

「最初は分からなかった。特に恨みを買うような事はしていない。分身を暴れさせて迷惑をかけたりはしたが、それならなおの事、私に早く魔法を習得させたいはずだ。だが、冷静に考えてみれば、奴がなぜこんな事をしたのか納得できる」

「どういう事?」

「奴の使命は、あくまでも魔法使いを一人でも多く確保して、帝都へ連れ帰ることだ。私一人に魔法を習得させるだけでは、使命が果たせない。しかし、ダモンは魔法使いの居場所を教えてくれない。ネクラーソフとしても、これから魔法を教えてもらうべき魔法使いを、脅迫したり拷問したりして、機嫌を損ねたくはなかったのだろう。だから、奴は私をダシにしたのではないのだろうか?」

「ダシに?」

「私一人を魔法使いの元に行かせるなら、ダモンも教えてくれると考えたのだろう。事実、ダモンは地図を書いてくれた。ネクラーソフは、最初からその地図を奪い取るつもりだったと考えれば……」


 あのおっさん、やっばり名前通り性格悪いわ。


「なあ、おまえは分身魔法を知っているみたいだが、もしかして魔法使いに知り合いがいるのか?」


 さっき、僕を追いかけていた女の子がそうなんだが……


「もし、いるなら紹介してくれ」

「ううん」


 困った。知っているけど、ミールがキラ・ガルキナを許すかな? 


「知っているけど、紹介は無理かな」

「なぜ?」

「聞くまでもない事だと思うけど」

「どういう事だ?」

「帝国はナーモ族に対して何をやった? 土地を奪い、財産を奪い、大勢の命を奪った。そんな事をした相手に、快く助けの手を差し伸べてくれるとでも思っているのか?」

「それは、分からないわけではない。しかし、魔法の制御は、私の個人的な問題だ……国家や政治の問題とは、切り離してもらえないものなのか?」


 個人的な問題ねえ。まあ、魔力の暴走を抑えないと、まともな生活もできないわけだから個人的問題と言えなくもないけど……国家や政治の問題とか言って、切り離せることじゃないと思うが……


「君は、ここに来るまで、実際に戦闘に参加したことはあるのかい?」

「いや、私は生まれてからずっと帝都にいたので、戦闘に参加したことはない」

「じゃあ、戦争なんてどっか遠い異世界の話のように考えていなかったかい?」


 僕も日本にいる時は、そうだったけどね。


「いや……そんな事は……」

「ないと言えるのかい?」

「確かに……そのように思っていた」

「だから、国家や政治の問題だから切り離せなんて言えるんだ。実際に家族や友人を殺され、住んでいた家を破壊され、耕していた土地を奪われた人の気持ちが分かるか!」

「それは……」

「実際に戦争の被害にあった人達の気持ちを考えれば、個人的な問題だから切り離せなんて言えないぞ」


 あ! 言い過ぎたかな? 涙流している。


「では……私はどうすれば、いいのだ? このままでは、帰る事も許されない……」

「い……いや、泣くなよ。僕も言い過ぎた」

「泣いてなんかいない」


 いや、泣いてるだろ……困ったな……


「頼む。魔法使いを紹介してくれ。でないと……私は……」

「ダモンという人に、紹介された魔法使いには、なぜ頼みに行かない?」

「いや……さすがに無理だろう」

「どうしてそう思う?」

「実は、ここへ戻る前に一度、村にたどり着いていたのだ」


 来ていたのか。全然、気が付かなかった。


「村は瓦礫と死体の山だった。ダサエフがやったのだろう。魔法使いも、故郷をあそこまで荒らされては許してはくれないだろう。いや、魔法使いが許したとしても、村人からリンチされかねない」

「そこまで、分かっているなら、諦めて他の魔法使いを探してくれ」

「どういう事だ? まさか、おまえの知り合いの魔法使いというのは……」

「そういう事だよ。僕の知り合いの魔法使いは、ミケ村のミールさ。説得できる自信があるなら、引き合わせてもいいけど、どうする?」

「やはり、怒っているのか?」

「なぜ、怒っていないなどという期待が持てる?」


 キラ・ガルキナは、がっくりと首をうな垂れた。


 大丈夫かな? また、分身を暴走させたりしなきゃいいけど……


「……」


 彼女が何かつぶやいた。


 翻訳機を見ると『音量不足、翻訳不能』と表示される。


「今、なんて?」

「会わせてくれ」

「会うのかい?」

「ああ。そんなに怒っているなら丁度いい。その怒りを私にぶつけて、いっそ殺してもらいたい。だったら自殺しろと言われるかもしれないが、それは怖くてできない」

「いや……それは、ちょっと……」

「もちろん、殺してくれなどとは頼まない。だが、魔法使いの怒りが静まらずに、殺されるというならそれでもいい。私に説得する機会をくれ」 

「そこまで言うのなら……」


 通信機でPちゃんを呼び出した。


「Pちゃん。ミールが今、どこにいるか分かるかい?」

『え? 会ってないのですか? さっき、ミールさんからご主人様の居場所を聞かれたので、ドローンで見つけて居場所を教えましたが』

「え? ドローンで? だって僕は木の洞の中に……」

『知らなかったんですか? ご主人様の持ってる通信機、定期的に電波を出しているのですよ』


 木の洞から顔を出すと、そこにミールがひきつった笑みを浮かべて立っていた。

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