第71話 なんか話がちがってない?

「カイトさん! どこですか?」


 森の中に逃げ込んだが、ミールはまだ追ってくる。


 大木の裏に回り込んだ。


 ラッキー! 隠れるのに丁度いい洞があった。


「おい! 奴はいたか!」


 ん? 男の声?


「くそ! どこへ逃げやがった。おい! そこの魔法使いの姉ちゃん」


 男は、ミールに話しかけたようだな。


「なんでしょう?」

「こっちに怪しい女が逃げてこなかったか? 帝国人なんだが」

「いいえ、見かけませんでした」

「そうか。姉ちゃんも、ここで誰かを探していたのか?」

「ええ。素敵な殿方が、この森へ入っていったのですけど、見かけませんでした?」

「なに! 素敵な殿方? それなら、ここにいるぞ。ホレホレ」

「ご冗談は、よしてください。オジさんは、趣味じゃありません」

「ガハハ!」

「おい! バカな事やってないで追いかけるぞ!」

「そうだった。じゃな。姉ちゃん」


 両者の声は、遠ざかっていく。


「行ったか?」

「行った」

「よかった。よかった」

「一時は、どうなるかと思ったぞ」


 僕たちは、互いに喜びあった。


 ん? 僕たち……


「誰だ? おまえ」

「君こそ……」……誰だ? と言い掛けた。


 よく見ると、知っている奴だ。


 キラ・ガルキナ! なんで、こんなところに……


「待ってくれ。僕は、ここに人がいるなんて知らないで入って来たんだ」

「そうか。おまえも、誰かに追われているみたいだな」


 どうやら、僕がこの前戦った相手とは分からないようだ。


 今は、ロボットスーツを着ていないからね。


 とにかく、これ以上彼女と関わらない方が無難だ。


「それじゃあ、僕はこれで」

「待ってくれ」


 出て行こうとした僕の手をカルギナが掴む。


「まだ、何か?」

「食べ物を、持っていないか?」


 ボケットを探ると、カロリーメイト……のような非常食があった。


 もの凄い勢いで、ガルキナは非常食を食べる。


「なんか、追われていたみたいだったけど……」

「私は何もやっていない。しかし……もう一人の私が、何かをやってしまったらしい……」

「もう一人の私?」

「ああ……おまえは、私を変な奴だと思っているだろ。だが……」

「分身魔法の事?」

「分身魔法を、知っているのか?」

「うん。一応……」

「なら、話は早い。私はどうやら分身魔法という能力があるらしい。まったく自覚がないのだが」


 うん。知ってる。


「私が無意識のうちに作り出してしまった分身が、あちこちで悪さをするせいで、私はいつも肩身の狭い思いをしてきた。さっきの男たちにも、きっと分身が何かをやってしまったのだろう」

「それは気の毒に……しかし、自覚がないのに、なんで分身がやったって分かるの?」

「分身が暴れた後は、決まって猛烈な空腹に襲われるんだ」


 ああ、なるほど。ミールがそうだったな。


「あのさ、それならナーモ族の魔法使いに頭を下げて制御法を教えてもらえば」


 知っていて、こういう事を聞く僕も意地が悪いな。


 とは言え、僕がこの前戦った相手だという事を知られると厄介な事になりそうだし……


「もちろん、私はそのつもりでここへ来た」


 え? プライドが許さないのでは?


「だが、ネクラーソフが、それを邪魔した」


 なんか、話が違ってない?


「ああ。ネクラーソフというのは帝国軍の将軍だ。この先にあるナーモ族の城を落とした男でな。城攻めの最中に、ナーモ族の分身魔法にそうとう苦しめられたらしい。そんな優秀な魔法使いなら、ぜひ教えを請いたいと思っていた」


 教えを請いたい? そんな殊勝な心がけだったのか?


「ところが、城が落ちた時には魔法使いは逃げた後。ダモンという火炎魔法の使い手が城に残っていたが、彼には分身魔法の制御法は分からないという。しかし、ダモンは逃げた魔法使いの潜伏先を知っているらしいのだ。だが、ネクラーソフが頼んでも教えてくれない。そこで、私一人だけで会いに行かせるからと、紹介状と地図を書いてもらったのだ」

「地図は、君に直接手渡されたの?」

「当然だ。他人には絶対に見せるなと、ダモンに言われていた。ところが、私が出発の準備をしている間に、地図が紛失してしまったのだ。いや、どうやら盗まれたらしい」


 盗まれた?


「すまない。こんな話つまらなかったかな?」

「いや、とても興味深いよ」

「そうなのか? ここしばらく、まともに人と話す機会がなくて、ついべらべらと私の身に起きた事を喋ってしまったが、迷惑なら言ってくれ」

「迷惑じゃないよ。むしろ途中で止められた方が気になる。続けて聞かせてほしいな。地図が盗まれたって、どうして思ったわけ?」

「ああ、私が必死で地図を探している間に、ダサエフ大尉の部隊が、魔法使いの潜伏しているミケ村に攻め込んだのだ。ダモンと私しか知らないはずの潜伏先に。ネクラーソフの手の者が、私の部屋から、地図を盗み出したに違いない」

「なぜ、ネクラーソフがやったと分かるの?」

「ダモンにもう一度、地図をもらいに行ったのだ。だが、ダモンは激怒していた。私が自分からネクラーソフに地図を渡して『魔法使いを拉致してくれ』と頼んだと聞かされていたのだ。私がいくら違うと言っても、聞き入れてくれなかった」

「それで、どうしたの?」

「実は、その後の記憶がないのだ。私は、分身が暴れている間、記憶が途切れる事があるのでな。気が付いた時には、城内に何人もの死傷者が出ていた。みんな、私がやったと言うのだ」


 おいおい……三日前に聞いた話と、全然違うじゃないか。いったい、誰が嘘をついてるのだ?


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