第70話 魔法使いの暗黒面
帝国軍の補給部隊は、何事もなかったかのように城に向かっていった。
ただし、それを操っている御者も、護衛の兵士もすべてミールの分身だ。
本物は……言うまでもないか……
「ミールさん。容赦ないですね」
「ありがとう。もっと誉めて」
だから、Pちゃんは誉めてないって……
涙を流して許しを請う御者から、ミールは指輪を取り上げようとしていた。
「ちょっと、待った」
さすがに、結婚指輪は酷いだろう。
「ミール。彼は戦闘員じゃないし、それは勘弁してやってくれ」
ミールに、結婚指輪がどういう物が説明してみた。
「はあ、地球では、結婚したい相手の指に、指輪をつける儀式があるのですか?」
若干違うけど……
「でも、そういう幸せって、ナーモ族の幸せを踏みにじった上にあるのですよね」
納得いかないようだ。
「帝国軍は、ナーモ族から容赦なく財産や土地を奪ったのですよ」
「気持ちは分かるけど、話を聞いてみたところ、もともと彼は農民で、帝国軍に無理やり徴用されたそうなんだ。略奪行為にも関わってはいないらしい」
「そうなのですか?」
「捕まえた時に聞いてみたんだ。彼は馬を扱う事はできるけど、剣や銃は握った事もないらしい。帝国人というだけで、一括りにしちゃいけないよ」
「そうですか。では彼は見逃します」
「ありがとう」
「いえ、あたしこそ、止めて頂いてありがとうございます。魔法使いたる者、決して憎悪に心を委ねてはならないというのに……もう少しで、魔法使いの暗黒面に堕ちるところでしたわ」
「えええええ!」
突然、Pちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
どうしたんだ?
「ミールさん。まだ、暗黒面に堕ちてなかったのですか?」
おいおい……
「堕ちていませんよ。失礼なお人形さんですね」
「ミール。ちなみに、暗黒面に堕ちたら、どうなるんだ?」
「理性を失い、欲望の赴くままに魔法を使うようになります。さらに悪化すると、人々から魔王と恐れられるようになり、最後には、勇者に退治されてしまうのですよ」
なんのRPGだ。それは……
しかし、損害賠償の取り立ては、どう見ても欲望の赴くままに、やっているように見えるが……
「カイト」
頭上からエシャーの声。
見上げると、エシャーの他に、大人のベジドラゴンが十頭。
「父サンタチ、連レテキタ」
「ありがとう。お父さんに礼を言っておいて」
大人のベジドラゴン達は、みな首に人が乗れるほど大きな籠を下げている。
実際、この籠は乗り物として使われているのだ。
普段はナーモ族を乗せて、果物とか酒とかお菓子とかの謝礼を受け取っているらしい。
今回は、この籠に帝国軍の捕虜を乗せてミケ村へ護送してもらう。
彼らはこの後、村再建の労働力として、こき使われることになるわけだが、殺されるよりましだろう。解放するわけにもいかないしね。
「カイトさん」
飛び去って行く、ベジドラゴンたちを見送っていると、不意にミールに右手を掴まれた。
「な……なに?」
手に何かを持たされる。
指輪?
「えい」
ミールは自分の人差し指を指輪に差し込む。
「な……なに……これは?」
「何って、さっきカイトさん言ったじゃないですか。地球人は結婚してほしい相手の指に、指輪を着けるって」
「ちょ……ちょっとまて! 意味がかなり違って……」
「今、カイトさんは、あたしの指に指輪を着けてくれましたね」
「いや……それは、無理やり……それに、この指輪。元々、ミールのだろ」
「相手の自由意思を尊重しないとは。やはりミールさんは、暗黒面に堕ちていますね」
Pちゃんが割り込んできた。
「暗黒面……そ……そんな事は……」
「それはともかく、ミールさん。その指輪は無効です」
「無効?」
「婚約指輪は、どの指でもいいわけではありません。左手の薬指につけるものと決まっているのです。しかし、ミールさんがつけているのは人差し指。婚約は無効です」
「ええ! カイトさん。つけ直しです」
「するかあ!」
僕はダッシュで逃げた。
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