009:ツンデレとは違うから
「ミント。あなた、なにしてますの? まぶしいですわよ」
柱に身体を預けてぐったりしているバカがいた。
にくったらしいその減らず口が、踊り出したくなるほどうれしい。
「あんたこそなにしてんのよ。こんな薄暗くて固いところでお休みなんてはしたないですわよ、お嬢様」
「ここは涼しくて冷たくて気持ちがいいから休んでいただけですわ。って、ちょっと。くっつかないで。あっちにお座りなさいな。熱いですわ」
しゃがんで静里奈の頬に手を当ててみる。なるほど、熱い。
「静里奈、あんたこれ、毒にやられた?」
「ワイバーンがいるなんて聞いてませんでしたわ」
「え。ワイバーンがいるの? っていうか、あいつの毒? よく解毒できたね」
ワイバーンが爪や牙に持っている毒は強烈だ。高度な魔法か薬で処置しなければものの数分で死に至る。
疲弊は激しいようだけど、こうして生きている以上は解毒したんだろう。
「
「ぶはっ」
はぁ。大金持ちのお嬢様もセール品を買うんだね。
「それはいいことを聞いたよ。あそこの安売り品はワイバーン毒にも効くんだ」
わたしもまとめ買いしておこうかな。
「3本飲み干してやっとでしたけどね」
やっぱやめた。
「とにかく、帰ろう。ちょっと狭いけど、アーノルドに乗っていけば――」
「ブルルルル」
「嫌がられてませんこと?」
ちがう、なんかに気付いたんだ。
「だまって」
かすかな、そして重い足音。
立ち止まった……かと思ったら、踵を返して駆けだした。
こっちに。
「乗って! 静里奈!
ふらつく静里奈を肩で馬上に押し上げ、自身もまたがりながら大声で
やばいやばいやばい。あいつはやばい。
そうだね、これで逃げられるなら。
逃がしてくれるほど優しかったのなら、さして
作戦変更。このままじゃ後ろから襲われる。
「
「なにをするんですの、あなたは!」
「グゥォオオオオオオォォォォオオオオオオオォオオ」
「ひっ!?」
どん。
やつが、マリエルに接触した。
「
ビシッ! 指を差す先は、真紅の巨体。
GUwooooooowuuuuuuuuuu!!
マリエルの咆哮、いや、悲鳴か。
はっきりわかる。あのドラゴンは、マリエルと色も体躯もほとんど同じ。
なのに、力はまったくの別物。
マリエルに駆けよって包帯を巻く。ひたすら巻く。笑っちゃうくらいにHPが削られていく。
「なんですの?」
「ストロング・ドラゴン!」
「え? これが?」
テイマー以外にはわからないと思うよ。
スキルを行使するには、それに必要な知識と手順を、脳内に神経回路を用いて前もって書き込んでおかなければいけない。そして、その
いまはそんなヒマがないから詳細の解説は次の機会に譲るけど、つまりは、バードとテイマーの
バードテイマーのような、動物解剖学の知識も無い
「ひ」
ストロング・ドラゴンがわたしを見ている。
マリエルの相手をする片手間にわたしを見つめている。
ゆっくりと口を開いている。わたしを笑ってるの?
――いや、そうじゃなくて!
「
ぶわっ。静里奈が放ってくれた防御魔法が、ストロング・ドラゴンのブレスからわたしを守ってくれた。って、あちちち、盾で防ぎ切れてない、やばい。直撃してたら炭になってた。
くそ。治療が中断した、やり直し!
再びブレス。静里奈がMPはカツカツの中、盾の展開を必死で続けてるけど、どう考えてもじり貧だ。
「
Guwaoooooooooooooooo!!
ホントはやりたくない。ストロングに一撃食らうとナイトメアのHPは1/3くらい持っていかれる。うん、前にやったときそうだったんだよ。結局勝てずに逃げたんだけどさ。
アーノルドに注意を引いてもらってる間にマリエルを治す。
治す、治す。
Grrrrrrrrrrrrrrr!!
「やばっ、アーノルド!!」
落ち着けミント。優先順位だよ。
巻け、包帯早く確実に巻け。
Gouuuuruuuuuuu!!
「っ!
マリエルは8割は治療できた。邪魔が入らなければなんとかなる。
「静里奈、こっちきて!」
MP不足でおぼつかない足取りで精一杯に走ってくる。
「これ、MPポーション。飲んで」
バックパックの薬瓶をありったけ投げ渡す。
「の、飲めって言われても」
「いいから。それで魔法でアーノルドを回復して。回復させたらストロングの注意を引いて。常に『
「だ、だからわたしは」
「
静里奈へ一時的にアーノルドへの指揮権を渡す。
「割と大ざっぱな指示でも動くから、あとよろしく!」
わたしはマリエルの元に戻る。
包帯を巻きながら『
このポーションは一本飲めばMPが最大値まで回復するすぐれもの。
これがあれば魔術師がMPの枯渇を心配せずに魔法を連発できる……と思うでしょ? でも実際にそうなっていないのは何故か。
実はこの薬、一本当たり500mlくらいの量があって、それを全量飲まないとまったく効果を発揮しないんだよねぇ。
「ワタクシは、さっき赤ポーションを
なんかお嬢様がさめざめと鳴いている声が聞こえてくる。
そういえば毒消しも分量が同じくらいあるんだよね。
「げぷっ。
Groooowwwwww!
ビシッ! とストロングを指さす静里奈。けっこう決まってるじゃない。
アーノルドもちゃんと言うこと聞いてるね。
「『
そうそう、ちゃんとお願いね。
「げふっ。ごふっ。んぐっんぐっ」
死にそうな声を上げながら薬を飲んでいる様子だけど、いまはガマンしてもらうしかないよ。
「
巻き巻き。『
ぐびぐび。
「うら若き乙女がビール腹だよ。
「げろっ。うぷ。しりまぜん゛わよ、勝手にたすげにきでおいて」
たのしい。半分くらいはここで死んじゃいそうな可能性があるのに、たのしい。
「
静里奈もずいぶん慣れてきたな。一発食らったらすぐに戻して回復に入ってる。
「おかげで、マリエルは元気いっぱいだよね」
Guoooooooooowwww!!
「さあ、殲滅だよ。静里奈!」
「ああもう、うぷ。とっとと終わらせましょう」
「
「
Grrrrrrrrrrrrrrr!!
Gwoooooooooooooo!!
☆★☆★☆★☆★☆★
数年前にストロング・ドラゴンの発生が知られるようになってから、ドラゴンの皮の流通量は激減したんだよね。あいつらは突然変異なのか、それともいままで知られていなかったドラゴンの亜種なのか。
研究が進むのはまだずっと先なんじゃないかな。
だってあいつら、強すぎるんだもん。
テイムは不可能、バードの呪曲も全く効かないことはないにしてもすぐに解けてしまう。
生け捕りの方法がない。
「っっっっげええええええええろろぉおぉぉお」
わたしが学術的な思索にふけっているというのに、大金持ちのお嬢様が酔っ払いのおじさんみたいな吐き方してる。あら、はしたない。
「あ、あなたね、ポーションを何本飲まされたと思ってますの」
「えー。それで助かったんだよ。感謝こそされ恨まれる筋合いはないんじゃない?」
静里奈はしばらく黙ったあと、いきなり殊勝な顔になる。
え。
「……そうですわね、ミント。たしかに、お礼を言わないと」
「やめてよバカ!」
「は? な、なんですの」
「お、お礼とか欲しかったんじゃないし。ただ、皮……そう、皮の買い取り額が上がったから、ドラゴンハントにきただけだし。そしたらお金持ちが行き倒れてたから、礼金をせしめようと連れてきただけだし」
「はぁん」
顔が熱い。特に耳が焼けそう。
静里奈がニマァと、いかにもバードっぽい性格の悪そうな笑顔を浮かべてる。
「よくいるんですのよね。何かにつけ恩着せがましく功績を主張したりしてくるくせに、実際にお礼を言われると恥ずかしくなって混ぜっ返す、ひねくれ者の照れ屋さんが」
「照れてないもんっ!!」
「ミント」
「なに」
「本当にありがとう。わたしもなにかあったときには必ずあなたを――」
「やーめーてー!!」
「オーッホッホッホッホッホ。おもしろいですわ~」
やっぱりきらい。
バードきらい。お金持ちもきらい。静里奈なんか大っきらい!
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