第3話 前半

 一学期最後のテストが終わった今日。

 スマホに一件のメッセージが届いた。

 送り主は、繪乃。

 俺は、約二週間ぶりに繪乃に呼び出された。

 現在時刻は午前十一時半過ぎ。

 今日のテストは三科目だったため、いつも呼び出されている時間より圧倒的に早い。

 が、繪乃が指定した時間は、今から行ってぎりぎり。

 ホームルームの後、俺は手早く身支度すると、教室からまっすぐに、呼び出し場所へと向かった。




「ここ、か」

 目の前の、古臭い引き戸には、前衛的なフォントで、でかでかと【美術準備室】と書いてあった。

 美術準備室。

 この部屋は、俺と繪乃が出会った場所でもある。

「はぁ……」

 小さくため息をついてから、俺は木製の引き戸をゆっくりと明けた。




「おーす。来たぞ」

 扉を開けると、そこは薄暗い部屋だった。見渡す限り、もの、物、モノ。

 キャンバスや、筆。マネキン、石膏の像、大量のトイレットペーパーからブラウン管テレビまで。様々な種類のものであふれていた。

 その部屋の真ん中、大きな革張りのソファーに座っている黒髪の少女こそ、俺を呼び出したやつ。繪乃咲だ。

「あら、きたのね」

 こちらを向いて繪乃がそう聞いてきた。

「まぁ、お前が呼んだからなぁ」

 美術準備室の窓にかかっている遮光カーテンを、勢いよく開けると、まぶしい光が薄暗い部屋に一気に差し込まれた。

 繪乃が、うわっ、と、小さくうめき声をあげていた。吸血鬼か何かかお前は。

 そんなことより、

「繪乃。なんで今日は屋上じゃなくて、美術準備室に呼び出したんだ?」

「何故だと思う?」

 繪乃が待ってましたとばかりに、質問をノ―タイムで返してくる。

 繪乃の表情はまさに、自信満々、だった。

 自信満々のところ悪いんだけど、俺、全くわかんない。

 俺が首をかしげていると、繪乃が大きなため息をついた。とても腹が立った。

「今日は、初心に帰ろうと思うの」

 そういって繪乃が見せてきたのは、赤と青の独特な形をしたコントローラ。

「今日は、ゲームよ」

 ゲーム。

 それは俺と繪乃が最初に挑んだ、思い出深いジャンルだ。




 繪乃に言われるがまま、ソファーに無理矢理、座らせられた。

 何故か、繪乃はいつもより、うきうきしている様に見える。気のせいか。

「今日はこれをやるわ」

 繪乃が起動したのは、某国民的人気ゲームキャラクターのレースゲームだった。

「繪乃、これやったことあるのか?」

「やったことないわ。でも、面白いんでしょ?」

「面白さは保証できる」

「じゃあ、さっそく始めましょう」




「ルールは5本先取。勝ったほうが負けたほうに何でも命令できる、ね?」

「え?」

「行くわよ」

 3・2・1・GO!

 レーススタート直前の繪乃の言葉に動揺して、スタートダッシュで大幅に遅れてしまった。

 対する繪乃は、見事なロケットスタートを決め、俺を大きく突き放した。

 いやな汗が背中を流れたのは、夏の暑さのせいだけではないだろう。






 後半へつづく

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