第2話

「おっす、きたぞー。」

 今日もまた、繪乃に呼ばれて屋上へやってきた。

「あ、今日は早かったじゃない。」

 と、こちらを見た繪乃の右手には筆。

 屋上のフェンスの前には、大きなキャンバスが置かれていた。

「何これ。」

「わからないの? 今日は油絵をやるわ。」

「…マジ?」

「マジよ。」

 一体どこで手に入れてきたんだか。

 素人が使うには立派すぎる繪乃の油絵セットを眺めながらノートパソコンを起動した。

 すると、

「今日は作業の日?」

 と、繪乃が聞いてきた。

「あぁ。そろそろ締め切りがやばくてな。悪いけど今日は作業しながらになる。」

「それはいったいどの締め切りかしら?」

 繪乃がニヤつきながら聞いてくる。

「今回は小説の、だ。」

 俺のため息は大きかった。

 俺は現在ネット上で3つの活動をしている。

 そのうちの一つが、ネット小説だ。

 最近は頻繁にネット小説大賞などが開催されるため、並行して作品を作らなくてはいけない。

「へぇー。大変なのね。」

「それよりも、繪乃。油絵をやるのはいいとして、やり方はわかるのか?」

「それは大丈夫。昨日兄に教えてもらったわ。」

 お兄さん、有能。

「じゃあ、次は何を描くかだな。」

「そうね。でも、もうそれは決めてあるの。」

 マジか…。

「…今日、俺いらない?」

『いつもと ちがって したじゅんび ばんたん!わたし ひとりで できるわ!』

 脳内のリトル繪乃がこっちを向いてあっかんべをしてくる。

 かわいいなぁ、もう。

「その顔、とても気持ちが悪いわ。二度としないで。」

 繪乃は不純な心に敏感だ。




 二人とも一言もしゃべらずに作業だけを進める。

 繪乃が描いているのは俺の背後にある山らしく、しきりにこっちに筆を向けていた。

 放課後の屋上に、キーボードのタイプ音と、筆とキャンバスがこすれる音だけが聞こえる。

 その空間は俺にとって、心地が良かった。

 今までにないレベルで原稿がはかどった。


 やった。やってしまった。

 原稿のはかどりにテンションが上がって、一作書いてしまったが。

(完全に繪乃と俺じゃねーかっ!)

 えっ、なにこれ? なんで俺、繪乃でラブコメ書いてるの? ごめん、人間として大丈夫? 大丈夫なんかじゃねぇよなぁ! 

 まずい。これはまずい。こんなタイミングで繪乃が読ませてなんて言ったら―

「できたの? 少し読ませてくれない?」

(デデーン、アウトー!)




(結局読まれた)

「…ど、どうでした?」

「普通に面白かったわ。」

「……え? それだけ?」

「何よ。不満?」

 どうやら繪乃は気づいて無いようだ。

 危なかった。ある意味人生の危機だった。繪乃が鈍感で助かった。




 集中していると時間がたつのは早いもので、日が傾き始めた。

「そろそろ終わるか。」

「え、えぇ。そうね。終わりにしましょうか。」

 なぜだろう。繪乃の言動から動揺が感じられる。

「どうしたんだ、繪乃。なんかあったのか?」

「な、なんでもないっ。」

 繪乃は俺からプイッと体を背けた。

「おーい。繪乃?咲?」

「……。」

 繪乃が、急にこちらを向いてスゥ…と、息を吸い込んだ。そして、

「今日も付き合ってくれてありがとう。また明日。じゃ。」

 そう言い残して繪乃は、大きなキャンバスを抱えて、駆け足で帰って行った。

 どうした繪乃。頭大丈夫か。

 俺は首をかしげ、走り去っていく繪乃の背中を眺めながら帰り支度をした。

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