111. 偶像

 城下町の門前には、門番たちが待ち構えていた。

 おそらくはいずれやってくる俺、勇者から街を守るために、配備されていたのだろう。俺の記憶にあるよりも、ずいぶんガタイのいい男二人が立っていた。


 しかし、彼らは俺たちを睨み付けるだけで、何もしてこなかった。


 彼らの脇を通って門をくぐり、グラントーマの城下町に入る。

 街には誰一人人影がなかった。静まりかえった街の中央通りを、俺たちは行進していく。

 街の家々や商店の窓から、じろじろと無遠慮に俺たちを見つめる眼差しを感じる。


 しかし、彼らはやはり、何もしてこなかった。


 俺たちは、城門の前までたどり着いた。

 城門の前には、大勢の兵士たちが盾を構えて立ち並んでいた。甲冑に身を包み、顔すらよく見えない。

 ただ、険しい眼差しでこちらを凝視していることだけはわかった。化物を見る目だ。

 俺は、剣の柄に手を添える。


 だが、彼らも何もしてこなかった。


 皆、恐れているのだ。俺のことを。勇者のことを。


 なんというか、勝手なものだという気がした。

 いや、向こうの気持ちはよくわかる。勇者だと聞かされ、敬愛していた相手が実は偽物だったと聞かされた。掌返しをしたのは俺の方なのだろう。

 そりゃショックを受け、怒りとともにこちらを睨みたくもなろう。


 だがそれでも、勝手なものだという気がする。


 どこまで行っても、彼らが見ていたのは「勇者」という存在だけで、俺にもイネルにも興味はなかったのだ。

 俺に事情や理由を聞いてくれる人は誰一人としていなかった。

 イネルにまともに彼の気持ちを聞いてくれる人も、ほとんどいなかったようだった。

 彼らが必要としているのは「勇者」なのだ。俺らではない。


 もちろん、皆に悪気はないのは了解しているし、俺だって責めるつもりはない。ただ、これだけははっきりさせておきたい。

 彼らは、彼らが求めていた「勇者」という存在が、欲しかっただけなのだ。

 つまり、偶像、というやつだ。


 偶像は、期待通りでなければならない。夢と希望を与えてくれねばならない。もし偶像が人々を裏切ったら、決して許されない。

 イネルは、父親の期待をきっかけにそんなものになって、果たしてどんな気持ちでいたのだろうか。

 何を思っていたのだろうか。


 この三日間、俺はそんなことばかりを考えていた。


 勇者とは、一体なんなのだろうか。

 最後まで決して諦めない者。確かにそうなのかもしれない。そうであるべきなのかもしれない。

 けれど、そんな偶像にならなければならなかったのは、イネルという一人の人間だったのだ。

 皆に笑顔と、アホっぽい発言を振りまき、愛されながら、彼はどんな思いでいたのだろうか。


 それを本当の意味で理解してやれるのは、この世で俺だけなのかもしれない。


 俺たちが歩き出すと、城門前の兵士たちは甲冑を鳴らしてあからさまに動揺した。

 露骨に迷った挙句、彼らは左右に割れ、その間を俺たちは通り抜けて行った。彼らも、俺と戦って勝ち目がないことはわかっているのだ。

 そうして俺らは、城の中へと入って行った。


 グラントーマ城は静寂に包まれていた。

 ちらりちらりと気配はするものの、ここもまた、俺たちを疑いの目で見ている人しかいない様子だった。

 城いっぱいの猜疑心。魔王の魔術の力のせいもあるのだろうけれど。

 あまりに張り詰めた不穏な空気が漂っていて、城内が薄暗くすら感じられた。


 俺たちは、迷わず中央の階段を上っていった。

 この先に、王の謁見の間、そして、フィオナ姫の居室がある。

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