7. 悲しみの高校時代の思い出
「勇者殿! どうされた!」
ジゼルのデカすぎる声で、会食の席は一時騒然となった。
俺は懸命の身振り手振りで「落ち着け落ち着け」と伝える。そして、自分の口の前でバツ印を指で作った。
王様がいぶかしげに俺を見る。
「何事だね……」
俺は口を開こうとしてみせる。しかし、俺の口は接着剤でくっつけられたかのように全く開かなかった。その様を見て、ジゼルがハッとした表情になる。
「これは……沈黙の魔法をかけられているのではないか!?」
そして当然、彼女は魔法に詳しい、賢者のココを見やる。するとココは、露骨に瞬きの回数を増やしながら、視線を泳がせまくりつつ答えた。
「た、確かに! シレンティウムの魔法に、他なり、なりません!」
……ココちゃん、ごまかしが下手すぎる。
可愛らしいが、ちゃんと俺の作戦に合わせきれるかどうか不安だ。
前世、いたいけな男子高校生だった頃、俺は今以上に内にこもっており、クラスではろくに他人と会話できない可哀想な子だった。
まあそういう奴がどういう扱いを受けるかは説明するまでもないことだと思うが、そんなしんどい人間関係のまま、俺は修学旅行に行くこととなった。
もちろん出発から帰宅まで辛いことばかりだったがとりあえずその話は省く。中でも一番辛かったのは、ホテルでクラスの男子たちと集まって夜中、おしゃべりしなければならなくなったときだ。
まあ修学旅行の夜なので、みんなやたらテンションが高くなっている。
俺と相部屋だったのは余り物になっていたヤンキーだったが、そいつ目当てでクラスの連中が数人、俺の部屋に集まってきたのだ。
普段、誰ともコミュニケーションをとっていない俺が、修学旅行だからといって普段よりも話せるようになるわけもなく、6〜7人が集合して下ネタトークで盛り上がっている間も、俺は隅っこでスマホをいじって一切参加していなかった。
だから放っておいてくれればいいのだが、なぜか彼らは、話のネタがなくなると俺をいじり始めた。しかし、コミュ力0の俺は俯いているだけで何も返さない。
すると何が起きたか。
彼らは、勝手に俺の考えを想像して、「こういうことだよな?」と俺に問いかけ始めたのだ。
「中学の時は結構不良だったって聞いたけどマジか?」
「友達作らねえのはその時何かあったからってホント?」
「前住んでた場所に今でも付き合ってる女がいるんだって?
その間、俺は面倒臭いのと口下手が重なって否定も肯定も何も答えなかったのだが、彼らは一方的に盛り上がり続け、結果としてその日、彼らが言ったことは全て「真実」ということになってしまった。
おかげで高校生活は、修学旅行中に生まれたよくわからない噂と伝説のせいで余計に孤独なものになったのだが、それはともかく。
この経験から俺が学んだのは、こっちが寡黙に構えていれば、話しかけてくる側が勝手に会話を完成させてくれる、ということだった。社会人になってからの飲み会でもこのテクニックは多用していたのだがそれもともかく。
今の「話したくても何も話せないし、何もわからない」状態に俺には、ぴったりな手というわけだ。
呪文表の中に「沈黙」があることは先ほどから気づいてはいたので、これを自分で自分に向かってフルパワーでかける。
また、一番見抜かれる可能性が高く、呪文を解除できる立場にあるココは、あらかじめ一言声をかけて、味方に引き込んでおく。
「……これから私はちょっと妙なことをするが、考えあってのことだ。私に合わせて振舞ってくれると助かる」
トイレに行く前にこう一言、耳元で言っておいたら、彼女もそれなりにうまくやってくれた。
説明が長くなったが、まあこのようにして俺は、この窮地で一言も会話をせずに済む状況を手に入れることに成功したのだ。
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