6. 王と姫と俺の禁断の手
「さあさあ楽しんでくれ、勇者イネルよ!」
満面の笑みを浮かべた王冠をかぶったゴツイ髭面のおっさんが、酒と飯を勧めてくる。
グラントーマ王は「ザ・王様」的なふっくらして白髭で小柄の老人を想像していたのだが、残念ながら上半身裸で剣を振るってそうな「かつての豪傑」系の王だった。
思い切り体育会系で、
前世では酒も弱くて付き合いでビールを飲むと3杯目には眠り込んでいたような俺だが、この勇者様ボディは屈強に仕上がっているらしく、全く問題なく飲み続けることができるのは幸いだった。
ネルバに乗ってこの城までたどり着き、まずは場内で身内だけの小規模な宴と相成った。城下の人々も交えての盛大なパーティは、支度に時間がかかるので一、二週後となり、今日出席しているのは城の偉いさんと、俺たち魔王討伐組のメンバーだけである。
美味そうな肉や果物が目の前に並んでいるが、気を使う先が多すぎて一向にくつろいで食することができない。
「お父様……イネル様もお困りでございますわ」
か細く鈴の音のような声が俺の隣から聞こえてくる。言っているのは銀髪の見目麗しい姫、フィオナだった。
こちらは幸いにして「ザ・お姫様」といった外見。小柄で線も細く、きらびやかなドレスがよく似合う物静かそうな人だった。
その上……モテた経験のない俺でもはっきり分かるくらい、視線で「イネル様をお慕い申し上げております」という意思を伝えてくる。
さすがに嬉しく、口元がにやけないようにするのが大変だった。
「ハハハ! フィオナは真の強き男を知らぬのだ! 彼ほどの剛なる者、これしきの酒に参ってどうする! 初めてあったあの日、剣と盃を交わした日のことは忘れられん。まさかどちらも、この
剣も盃も交わしている? 初対面から何やってるんだこの「勇者様」は。
そう。肝心なことを俺はわかっていない。
この「俺」がどんな人間だったのか、ということだ。
周囲の人物から知られる事実としては、清廉潔癖な人柄だの、強く優しき男だの、大変結構な話ばかり。
だが、それらはもちろん、「本人」である俺の前で言っているからに過ぎないだろう。
動画の一つや二つ残っていてくれればさぞ楽だろうが、今の所、この世界の様相を見ている限り、そんな便利道具はありそうにない。
かといって……この期に及んで「俺、実は中身別人なんですよ〜」などと全面降伏するのは怖すぎる。
この世界の雰囲気からすると、何かしらの魔物扱いされて討伐されても文句は言えないだろう。
となると。
なんとかしてこの身体の「先代」がどんな人間だったのかを自然に探らなければならない。
この状況でそれを調べる最善の手は……。
その時、不意に俺の脳裏に前世の非常に悲しい記憶が蘇り、作戦の形になった。
「失礼……」
とできる限り言葉少なに立ち上がった俺は、近場にいた執事みたいな格好のおっさんにお手洗いの場所を聞く。
それから、ココの座席の側にそっと近寄ると、これからやることについて耳打ちした。ココは黒い瞳をまん丸にして驚いてみせたが、すぐにコクコクと頷いた。
そして俺は、できる限り目立たないよう歩き去った。といっても、あいにくどこにいたって視線を向けられてしまうのだが。
廊下の途中でもよく知らない大臣っぽい人に話しかけられそうになったのを懸命に回避しながらようやく便所に到着し、俺はやっとこさ一人きりになれた。
トイレといっても石造りの薄暗い小部屋で、小さく蝋燭が揺らめいている寂しい空間だが、むしろ今の俺はこんな場所の方がホッとできた。
周囲に誰もいないことを確認した俺は、目を瞑り、例の呪文表を確認すると。
自分めがけて、「シレンティウム」……沈黙の呪文を最大パワーで放った。
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