4. 「忘れるな」

「来たな、勇者よ……」


 邪悪な声が反響する。

 広々とした空間。暗く、異様な力の波動が渦巻いている。


 城の天井に穴が空いているらしく、空から光が屋内に差し込んでいるが、そのせいもあって部屋の奥に「何」がいるのか、はっきりとは見えなかった。

 不安と恐怖を閉じ込めたような場所だった……。


 だが。

 俺はそれよりも、今さっき見たステータス画面のことで頭がいっぱいだった。


 ステータスMAXじゃん。


 ものすごいことになっていた。

 もっと言うと、魔王のお言葉を賜りながら何回かぎゅ、ぎゅと目を瞑ると、自分の覚えている魔法や特技も目の前に列挙された。


 それらももう、コンプリート状態だった。

 画面いっぱいに表示される、あからさまに強そうな技名の数々。

 消費MP量から見ても、どう考えても最強呪文が目白押しだった。


 ということは……。


「……さあ勇者よ。何か言い遺すことはないか」


 魔王は延々演説を続けた後、暗黒空間の奥で親切にもそう言った。未だに魔王の姿は見えないが、そんなことはこの際いい。


「言い遺すことは……ええと」


 俺は腕組みして考えたのち、右手を前に突き出して言った。


「カウサ・サターニ」


 その途端、俺の右手の先から巨大な炎の玉が発生し、魔王がいると思われる部屋の奥へと凄まじい勢いで回転しながら飛んで行った。


「あ……」


 魔王が何か言う間も無く、大爆発が起きた。俺たちは爆炎と、吹き飛んだ岩の破片を正面から受ける羽目になった。


「マグナ・ディフェンシオニス!」


 すかさず賢者少女がそう詠唱し、俺たち全員の前面に青色の厚い膜が張られる。岩石はギリギリのところではじき返された。


「勇者様! 攻撃魔法を詠唱なさる際はお伝えくださいと、あれほどお願いしたではありませんか!」


 賢者は口を尖らせて俺を睨みつける。その姿も可愛らしいのだがそれはともかく。


「勇者様の魔法は強大すぎて、今や私たちをも傷つけかねません。ですから使う際には私たちに防御が必要です。言っていたらければ私が対処いたしますからと、何度もご説明してるのに……」


 やっぱりそういう感じなの?


 ざっと自分のステータスを見て、思ったことといえば、自分の名前ってこんなんなんだなー(勇者イネル? 間の抜けた響き)ということと、このステータスはやりこみすぎた時のそれだよな、ということだった。


 何百時間かプレイした後、もうやることがなくなっちゃった時。俺もいっぱしのゲーム好きなので、そういう状態までやり込んだことは何度かある。

 つまり、すでにクリアのためにはオーバースペックなわけである。


「魔王を討つには勇者殿ひとりで足るとわかってはいるが……」


 女剣士が背中に背負っていた大剣を引き抜いてブンブン振り回しながら、ぶつくさ言った。


「それでも、人々の無念をぶつけるため、できることをやりたくてついてきているのだ。我々にも仕事を残しておいてもらいたいぞ」


「欲求不満じゃねえの、ジゼルちゃん」


 遊び人女子がニヤニヤ笑いながら言ってのけると、女剣士は眉間にしわを寄せた。とても魔王の目の前で繰り広げる会話とは思えない。


 まあでも、そういうことならやむを得ない。

 全力でいかせていただきます。


 俺はほぼ一人で、手当たり次第に魔法を詠唱していった。とりあえず強そうな名前のやつから順番に。目を瞑ると習得している魔法のリストが見えるのだから楽なものだ。


 魔王は自身の椅子からほぼ微動だにできずに、片っ端から炎撃・氷撃・雷撃を食いまくっていく。土煙だかなんだかが立ち昇って、何が起きているのかろくすっぽわからない。


 そればかりか、女剣士も女賢者も女遊び人(盗賊のスキルも持っているらしい)も、各々ありとあらゆる攻撃を仕掛けまくっていく。ゲームだったら、3桁ダメージを表示した白い数字が画面を飛び交っていたことだろう。


 はっきり言ってフルボッコすぎて、申し訳なくなるくらいだった。


 どさ、という音が魔王の方から聞こえる。土煙の向こうで、地面に手をついて肩を震わせている者の姿がかすかに見えた。どうやら向こうさんのHPは削り切ったらしい。


「……さあ、勇者殿。トドメだ……!」


 万感の思いを込めて女剣士が言った。正直、俺自身は一方的すぎてあんまり気分良くないのだが、彼女たちにとってはこれまでの戦いの到達地なのだから、胸にこみ上げるものもあるのだろう。


 言われてしまっては仕方ない。


 俺は初めて剣を抜く(結局魔王戦では使わなかった)。勇者の剣らしい、柄に複雑な彫刻がなされた黄金色の逸品だ。


 握るだけで、何かよくわからない文章が頭に浮かんでくる。

 多分剣に登録されていて、オートでロードされるのだろう。どうやらこれを読み上げながら振るわないといけないらしい。


 もっとこう、気持ちを入れて盛り上がりながらやれればよかったのだが、中途半端に拍子抜けしながらだから申し訳ない限りだ。俺は剣を振り上げる。


「えーと……許し難き邪の者よ。今こそ、我が剣に、貫かれん。この世の全てを人の元へ還し、禍々しき肉体を、天へと明け渡せ。死の果てに、真の希望をもたらすべし……!」


 何言っとるんだかさっぱりわからんまま俺はそう語り、地に両手をついている魔王の目前に立つと、ゆっくりと剣を振り下ろした。

 魔王の頭へと剣先が向かう。



「忘れるな」



 瞬間。

 魔王は顔をあげ、俺を見ると、そう言った。


 ……え?

 黒い何重ものローブを着込んだ邪悪な者は、異様な文様が描き込まれ、口以外を覆い隠した不気味な仮面をつけていた。


 その口元は、微かに笑っているように、見えた。


 剣先が魔王に届いた刹那。

 俺たちは、激しい光に包まれた。

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