3. 探り探りで魔王戦へ

「えーと」


 俺は、とりあえず言った。言葉が続かない。

 当たり前だ。


 ゲームのセーブデータ引き継ぎなら、ストーリーがわからなくても話は進んでいくだろう。プレイが楽しくないだけだ。

 でも今の俺は、


・自分の名前もわからない

・目の前にいる三人の名前もわからない

・ここに至るまでに何が起きたかもわからない

・これから戦う魔王がどんな奴なのかもわからない

・この世界がどんな場所なのかもわからない


 つまり何にもわからない。

 そういう状況で、多分世界最強のやべえ奴とのバトルへ出向こうとしているのだ。

 詰んでるだろ。


 それ以前に、何を喋っていいのかすらわからない。無理やり会社の同僚に参加させられた合コンのときよりも話題がない。なんせここは異世界だから。


「……どうした、勇者殿」

 女剣士が眉をひそめている。これ以上の沈黙はまずい。

「……私の言葉がむ、胸に、あるなら……」

 俺はなんとか、それっぽい文語調をひねり出す。

「それなら、もうこれ以上、余計な話は必要あるまい」


「い……行くぞ。魔王の、もとへ」


 ……言ってしまった。

 でもこの状況だと、これ以外確実に言えることは何もない。会話を打ち切って早々に次の段階へ進むしかない。


 もちろん、「真実を正直に話す」という選択肢もないわけではないだろう。俺、違うんです。さっき中身が替わっちゃって、剣も魔法も何にもない世界からやってきたサラリーマンなんです、と。


 だがたちが悪いのは、この場所、状況だ。


 魔王の居室のど真ん前。ちょっと歩けばすぐ魔王。RPGだとBGMも止まり、ただ仲間たちと思い出を語らいながら歩くだけのシーン。

 この勇者様の身体だと、原理は不明だが、はっきりと感じられるのだ。


 すぐそこの部屋の中にいる魔王は、ここに勇者おれがいることに、気づいている。


 魔王やつは、俺を意識している。その拍動のような不穏な力が、何か超常的な方法でだと思うがこの身体に伝わってきている。つまり。


 ごめんー俺実は別人だから今すぐラストバトルとかしんどいんでちょっと一旦帰らせてもらいますわ、という手は、使えない。


 わかるのだ。

 ここで背を向けたら、扉を開いて魔王がやってくる、と。

 魔王はそこの扉の向こうで、勇者おれを待っている、と。


 冗談じゃねえ。


 というわけで、逃避の手段はすでに塞がれていた。【悲報】俺、前進あるのみ【手遅れ】。


 俺はため息と震えが出ないよう一生懸命気持ちをコントロールしながら(かなりきつい)、一歩一歩、魔王の扉へと進んでいく。明らかに歩幅が狭くて歩行自体遅くなってしまうが、周りの美人軍団が不審がらないよう祈る。


「勇者よ……」


 突然地響きのような声がどこからともなく聞こえ、俺たちは立ち止まった。


「待ちきれぬぞ……」


 どうやら扉の向こうの陛下は勝手にテンションを上げておられるらしい。やってられない。


 俺は項垂れないよう必死に首を持ち上げながら、それでも恐怖で固く目を瞑る。すると、目の前に「ステータス画面」が開いた。


 前の世界で数えきれないほど見てきた、黒地に白文字のアレだ。


勇者イネル

 レベル:99

 称号:真実を知りし者

 HP:998

 MP:897

 攻撃力:999

 防御力:997

 攻撃魔力:999

 回復魔力:856

 素早さ:970

 魅力:999


「ん……?」

 俺が前に立つと、扉はゆっくりと自動で開いていった。

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