第31話 私の『心』を拾ってくれてありがとう
星宮花蓮(ほしみや かれん)先輩のカラオケルームの横で、独りで着替える古谷三洋(ふるや みひろ)。山根浩二(やまね こうじ)の告白の場面を目の当たりにして、心臓のドキドキが止まらない。
次は自分の番だ。僕は山根みたいにちゃんとやれるのだろうか。時間が経つほど勇気が萎えて、素の自分が表にあらわれる。
勉強はやっただけ成績に現れる。運動だってそれなりにすれば筋肉もついてくる。頑張った成果は裏切らない。
だけど、相手がいるのはそうはいかない。どんなに好きでも気持ちが交わらないことだってある。気心が知れていると思っていた幼なじみの工藤瑞穂(くどう みずほ)の時だって・・・。
一年半前の記憶が再びよみがえる。あの時は彼女の方から思いを口にした。弾みで告白したのがいけなかったのだろうか。
くおっ。逃げ出したい。情けない自分に自信が無い。学園の神聖ヒロイン、触れることも恐れ多いと思っていた八島鈴(やしま れい)に、ヘタレな自分なんかが告白していいのだろうか。
古谷三洋、お前は彼女を幸せにできるのか?僕なんかじゃなくて、彼女をもっと幸せにできる男が他にいるんじゃないか?だとしたら僕は彼女の幸せを台無しにするだけの男かもしれんぞ。頭の中をグルグルと思いが巡る。
「古谷、遅すぎるぞ。何やっているんだ!」
山根がカーテンを引いてやってくる。こいつ、デブのくせしてこまごまと気が回りやがる。
「何だ。とっくに着替え終わっているじゃないか。まさか、今頃になって怖気づいたとか」
バシッ!
背中を手加減なく平手で叩かれる。
「大丈夫だ。八島さんは古谷のイケメン顔にメロメロだ。シャキッとしろ。俺はデブだが人を見る目はある。古谷なら八島さんを幸せにできると思うぞ」
「どんな根拠だ」
自ら自分をデブと認める男に言われても・・・。
「そうだな。気が弱くて、ネクラでボッチ。あげくに優柔不断なとこか」
「良いとこ一つもないじゃないか」
「おっと失敬。言い換える。女々しくて、常に後ろ向き。オドオドばかりしていて、自分じゃ何も決められないとこか」
「くっ。さらに悪くなっていないか」
「すまん。俺は嘘がつけないたちでな」
「気合を入れるそぶりで、邪魔をしに来たのか」
「うーん。こんな男の何処が良いのやら。俺っ、ちょっと八島さんに聞いてくるわ」
閉じたカーテンを派手に開けて出て行こうとする山根。
「まっ、待ってくれ」
「古谷、あのな。人の気持ちなんて移ろうものだ。知っているか。高校時代に付き合っている彼女とゴールインする男はほとんどいないんだぞ」
「なら、何で山根は星宮先輩に告白したんだ。彼女の気持ちを弄んだなんて言わせないぞ」
山根が僕の顔をギロリと睨む。こいつ、こんなに怖い顔もできるのか。殺気すら感じる。
「なぜうまくいかなくなるか考えたことあるか」
「・・・」
「大人になるって言うのは自分を隠して、世渡りが上手くなるってことさ。俺に言い寄ってくる奴らみたいなもんだ」
「・・・」
「その点、古谷は世渡りが下手だものな。馬鹿正直で真っすぐだ。そこがお前の魅力なんじゃないか。現に俺はお前を見て、お前に言われて悟ったよ。花蓮の存在を大切にしたいってな。だから俺は花蓮を一生涯守ることに決めた」
「ありがとう、山根。そうだな。自分の良い所なんて探した僕がアホだった。だな。真っすぐ前に突き進むくらいしかできないよな。行って来るよ」
僕は山根の背中をバシッと叩き返して、ステージに上がった。マイクを握り、星宮先輩と談話する八島鈴に向かって叫ぶ。
「八島さん!」
驚いで立ち上がる八島さんの姿が、スローモーションのように見える。エコーが部屋の中を木霊する。全身が燃えるように熱い。
「はい?」
キョトンとする八島さんがメチャかわいい。
「れっ、鈴。僕はキミが好きだ。鈴にずっと側にいて欲しい」
「古谷くん・・・。三洋・・・。うん・・・。うん・・・。うえーん」
八島鈴はステージを駆けあがって古谷三洋に抱きつく。幼い子供みたいに声を震わせて泣きじゃくる。小さい時から美少女と呼ばれて、すました顔を崩したことのなかった八島鈴。
母が病気で逝った時も、父が悪妻を迎えて再婚した時も頑なだった心の中の殻が消えていく。
私、ずいぶんといっぱい無理してたんだ。美少女なんて呼ばれて。期待に応えようと強がって。カッコつけて。
良いんだよね。泣いたって良いんだよね。私、今、きっともの凄く不細工な顔になっている。でも、いいんだ。
古谷くんが私のことを鈴って下の名前で呼んでくれた。私も三洋って下の名前でちゃんと返せた。
涙も鼻水も止まらない。泣き声がこぼれてしまう。目の前のこの胸にもっとしがみつこう。
三洋の心臓の鼓動を感じる。私は今、硬くてゴツゴツしている男の子の胸に顔を埋めている。枯草のような心地よい香りが私を癒やしてくれる。
雨に打たれて、ずぶ濡れになって公園のブランコに座る私。何もかもが嫌になってしまった私。そんな私を彼、古谷三洋が拾ってくれた。
三洋の手が私の腰をグッと捉える。私は彼の背中に腕を回す。
ギュッとされる。ギュっとする。時間が止まる。涙も止まる。
このままずっと彼の側にいたい。どんなことがあっても離れない。この幸せを大切に生きるのだ。
三洋、私の『心』を拾ってくれてありがとう。
八島鈴は何度もつぶやくのだった。
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