第12話 変なこと想像したりしてない?
僕はお風呂でシャワーを浴びる。頭に残った髪の毛を洗い流している。髪を短く切ってもらって別人みたいだ。
幼なじみの工藤瑞穂(くどう みずほ)が中三の夏休み明けに大阪に転校して、もう一年半が経過した。
「そろそろ良いんじゃないか」
ポツリと言葉が洩れた。いつまでもウジウジと彼女にこだわっているのは心に良くない。前を向いて生きることだって必要なのかもしれない。
僕が父の転勤について行かなかった理由は、せっかく入った進学校、私立開南学園高校に残りたかったと言うのは建前だ。
本当は連絡先を残すことなく、突然転校して行ってしまった工藤瑞穂が戻って来るんじゃないかと言う淡い期待によるものだ。根拠もなにもない。
兄妹同然に育った工藤瑞穂。友情と恋心は両立しない。彼女は僕なんかじゃ分不相応な美少女に育ってしまった。
僕の思いは空回りして結局彼女を傷つけて、自分に対する自信と共に初恋も友情も失った。自業自得だ。全部、僕が悪い。
「んっ?」
バスルームの扉の向こうからガサガサと音が聞こえる。曇りガラスの向こうで人影がせわしなく動いている。僕はドア越しに声を掛けた。
「八島さん。どうかしたか」
「洗濯物を干すのを忘れてた」
「洗濯もの?」
脱衣場に洗濯機が置いてあったが・・・。まずい。汚れた靴下とか下着とか放り込んだままだ。
「そんなの自分でするから」
気が動転してバスルームの扉を開けて上半身をのりだす。八島鈴(やしま れい)と目が合う。制服にエプロン姿の彼女。真っ白い小さな手が、僕のトランクスを握って立っている。
固まる僕、固まる彼女。
彼女の絹のような美しい顔がみるみる赤くなっていく。
その視線が、ゆっくりと僕の顔から胸元へとおりていく。
「きゃっ」
「わうっ」
僕は慌ててバスルームに引っ込み、ドアを閉めた。
「ご、ごっ、ごめん」
またやってしまった。いったい何度やらかしたら平常心を保てるようになるやら。彼女のことを考えるとパニクってしまう。
「私こそ驚かせてごめん」
すりガラス越しに彼女が謝っている。まいったなー。顔が熱い。心臓のときめきが止まらない。
「じっ、自分で乾燥機に突っ込むからそのままにしておいてくれ」
言葉がつまって思うように出てこない。
「でも、それだと体を拭くタオルがないから・・・」
くっ。僕としたことが。忘れていた。独り暮らしだからそれ程予備がない。雨を拭き取ったり、彼女を看病したり、彼女に看病されたり。当然、使い切っていても不思議じゃない。
「わかった。タオルとバスタオルだけ先に乾かしてくれ」
「私なら気にしてないから。ほら、男子の運動部の女子マネージャーだって、部員の下着とか普通に洗っているし」
「僕が気にするんだ」
男子のパンツを洗うなんて、恋人同士を飛び越えて新婚さんレベルのハイクラスな関係じゃないか。いろいろと困るんだけど・・・。
「ふふっ。じゃあ、一緒に洗った私のも乾かしてくれる?」
「ぶっ」
思わず吹き出してしまった。あっ、えっ、今なんて言った?って、本当はちゃんと聞こえているけど。自分の耳を信じたくない。
そんな。じゃあ、僕の介護をしたり、料理をしたり、僕の髪を切っている間、下着をつけていなかったとか?
古谷三洋(ふるや みひろ)、想像したらダメだ。
「ふふっ。冗談だよ。古谷くんが眠っている時に食材と合わせてスーパーで買ってきた」
「・・・」
「変なこと想像したりしてない?」
くっ。学園の神聖ヒロインと呼ばれる八島鈴。顔に似合わず、素(す)の彼女は悪戯好きだ。完全にもてあそばれていないか?
僕はその時に初めて悟ったのだった。八島鈴は、可愛い顔をした小悪魔かもしれない。
彼女と二人っきりの二日目の夜がふけていく。シャワーを終えた僕は早々に眠りにつく事にした。
「明日に備えて、先に寝るから・・・」
「体調が、まだ良くないの」
かわいい顔で心配されても。風邪なんてもう、とっくにぶっ飛んじまっている。元気過ぎて理性が持たないぞ。
「うーん、どうかな。体調はいいけど眠い」
本当は、今晩、眠れる自信が無いくらいだ。だけど、二人っきりで過ごすだけの気の効いた話題もない。
彼女にシャワーをすすめて、二階の自分の部屋にこもった。
はあー。この先、ちゃんとやっていけるのだろうか。
こんな時こそ、子猫の存在が僕を癒やしてくれると思ったが、あいつめ。僕に爪を立てて彼女の胸に飛び込みやがった。
バスルームから聞こえ始めたシャワーの音。やっぱり眠れない。
一戸建てとはいえ、ちっちゃな建売住宅。静まり返った夜更けは色々と聞こえてしまう。想像力が刺激される。
僕は、独り暮らしを始めて使うことがなくなったヘッドフォンを取り出して、スマホにつないでネット動画を観るのだった。
あー、もう。いつもは面白いのに今日は全然面白いと感じない。なんでだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます