学園の神聖ヒロインとなし崩し的同居生活!
坂井ひいろ
第1話 私も一緒に拾って
「あのー。その子を拾うんなら私も一緒に拾ってほしいんだけど」
雨上がりの近所の古びた児童公園。コンクリートでできた滑り台の下。濡れた段ボール箱の中に、ちょこんと座る黒い子猫。
ミャー。
弱々しく鳴く子猫を抱きあげた時だった。後ろから、思いつめたような声が聞こえてくる。僕は声を辿(たど)って振り向いた。
大きな桜の木が邪魔をして気づかなかったが、直ぐ横にあるブランコに少女がポツンと独りで座っていた。
胸を隠すほど豊かで長い黒髪が目に飛び込んでくる。雨にうたれたのか、前髪がひたいにはりついている。少女は大きな瞳を僕に向けていた。
毛先から流れ落ちる雫が一滴、ポタリと伝い落ちる。ブランコの下にできた水溜まりに波紋が広がっていく。
少女はブランコを揺らして水溜まりを避けて飛び降りる。スカートがふわりと広がり、細くて長い脚がのぞく。
雲間から差し込む太陽の光線が、スポットライトのように彼女の姿を浮かび上がらせた。
雨上がりの澄んだ空気の中。光のベールをまとって薄桃色の花びらが咲き誇る桜の木の横に立つ少女。
「んっ?」
幻想的とも言えるその姿に息を飲む。
彼女はかわいらしい口をモゴモゴと動かして、独り言でもいうかのように、もう一度同じ言葉を発した。
「その子と一緒に私も拾ってほしいんだけど」
僕と同じ私立開南学園高校の制服を身にまとっている。濃紺のブレザーにチェックのスカート・・・。
濡れそぼった姿は、僕の胸元で震えている子猫のようだ。
僕は彼女を知っている。
教室での凛とした姿からは想像できないくらい弱々しく感じる。
庇護(ひご)欲をかき立てられる。
彼女の名前は八島鈴(やしま れい)。僕と同じ私立開南高校二年八組のクラスメイト。学園の神聖ヒロインと呼ばれる、とびっきりの美少女だ。
四月にクラス替えがおこなわれて、僕は彼女と同じ教室に席を置くこととなった。が、会話なんて一度も交わしたことがない。
なぜかって。それは、僕が目立たないどこにでもいるごく普通の一般男子だからだ。
学園中の注目を集める美少女と接点を持つような大それたことを、僕は望んだりはしない。
自分の立ち位置くらいは理解しているつもりだ。
「クシュン」
可愛らしいクシャミが一つ聴こえてくる。
びしょ濡れじゃないか。
「そんな恰好でいたら風邪を引くよ」
「でも、帰るところがないから・・・」
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしてうつむく。
「・・・」
捨て猫じゃないんだから、おいそれと簡単に拾って帰れるものか。無防備すぎるにも程があるだろ。
同世代の女子の言葉に戸惑う。
どうしたものか。返す言葉が見当たらない。
「お母さんがね。その子を拾って帰ったら、家では飼えないから捨てて来いって・・・。だから、この子を捨てるんなら私も一緒に捨てたらどうって怒鳴って飛び出してきた」
八島鈴。神聖ヒロインと持てはやされている割には、意外と無計画で頑固なところがあるんだな。
くっと唇をかむ姿にドキっとさせられる。
「残念だけど、僕は独り暮らしを始めたばかりで、こいつの面倒は見させてもらうけどキミは無理だよ。男子と二人っきりなんてキミだって困るだろ」
僕は胸に抱えた子猫を示して告げる。
彼女は僕がクラスメイトであることを知っているのだろうか。
「クシュン」
「ほらっ。つまらない意地を張らないで、風邪を引く前に帰った方がいい」
言うべきかどうか迷ったが付け足す。
「濡れて美人がだいなしだぞ」
彼女はほんのりと顔を赤らめる。
「家、ちょっと遠いから少しだけ・・・」
下からジト目で見上げられては、断るに断れない。
「ちょっとだけだぞ」
「ありがとう。古谷三洋(ふるや みひろ)くん」
なんだ。知っていたのか。
僕みたいな目立たない平凡な男子でも、ちゃんと覚えていてくれたことにホッとする。
初めて見る彼女の純な笑顔。学校にいる時のすました顔と違ってコロコロと表情が変わる。小さな子供みたいだ。
正直、可愛いと思うが、面倒なことに巻き込まれるのは嫌だな。
まあ、でも、僕みたいな退屈な男子なんて、冷静になったら直ぐに愛想をつかして帰るだろう。
ほったらかして帰ったら寝覚めが悪いもんな。
軽い気持ちで子猫と一緒に、彼女を連れて帰ることを了承してしまった。
このまま八島鈴に居座られて同居することになろうとは、僕はまだ知る由(よし)もない。
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