舞うが如く11話「反撃」
舞うが如く11話-1「反撃」
戦火は瞬く間に街じゅうへ広がった。
決起軍によって建物には火が放たれ、道路も塞がれた。主だった重要施設も占拠されるまで、さほど時間はかからなかった。
突然の奇襲にイカサ市は大混乱に陥った。
あてもなく逃げ惑う大勢の市民達。各所で蹂躙される警官隊。そして、地面に投げ出された沢山の死傷者たち。
戦争が戻ってきた。女剣士のミズチは、こみ上げる強い怒りと悲しみを、心の内に押しとどめた。
外に出したが最後、必ず己を見失う。そのあとは容易に想像できる。義憤と激情に身を任せて決起軍に食ってかかり、犬死でもするだろう。
首魁の公家、マシュ麻呂にすら届かずに。
そんなことはあってらならない。
「……イハ。なんとしても市庁舎に向かうんだ」
黒煙をあげる目的地を睨み、ミズチは騒音に負けじと声を張った。
「わかってる。舌、噛まないでね」
などと言いながら、イハは自動車をさらに加速させた。彼女は物音に気づき、チラリと後方を見やる。そして、青ざめた。
「敵が来た!」
振り返るミズチ。馬が二頭、ミズチ達の自動車の後方から迫ってきていた。
騎乗している敵兵達が、銃身の短い騎兵銃を自動車へ向ける。
発砲。ミズチが首を引っ込めると、その頭上を甲高い音が通り過ぎていった。
続けて、バシっという音が鳴った。見ると、車体の端が欠けていた。
命中したのだ。
「もっとだ。もっと速度を上げて振り切れ!」
「だから、これ以上の速度は出ないんだっての。騒いでる暇あったら応戦よ、応戦」
徐にイハがスカートをたくし上げる。細脚に拳銃を収めた革袋が括り付けられていた。イハは強引に拳銃をミズチに押し付けると、舵輪を左へ大きく切って進路を変更。細道に逃げ込んだ。
騎兵達も後を追って細道に入る。
イハは舵輪をしっかり握りしめて、アクセルを底まで踏んだ。一度失速した自動車が再加速。道を塞ぐ木箱や壺をなぎ倒して進み始める。
負けじと騎兵も馬の腹を蹴って加速を促す。
「ええい、ままよ」
ミズチは拳銃を後方に向ける。
四連装式の護身用拳銃。つまり弾は四発のみ。落ち着いて狙い、撃たなければならない。
(要は的に当てれば良いのだ)
ミズチは幼い頃に修めた弓術を思い出し、神経を研ぎ澄ませた。
照準を合わせて指を絞り、引き金を引く。
発射。
放たれた弾丸は左斜め上方の壁に当たった。
さらにもう一発。これは騎兵のはるか頭上。
焦る気持ちを抑えてもう一発撃ったが、もはやどこに飛んで行ったのか。ミズチには見当すらつかない。
一方の騎兵達は馬を巧みに操り、障害物をかわしながら車との距離を詰める。
「……あれ?」
ミズチは銃と敵を交互に見回す。
「下手くそ!」
イハが半べそかきながら喚いた。
「じ、銃が悪いんだ。ボクは敵を狙って撃ったのに、ちっとも当たらない!」
「それを下手くそって呼ぶのお!」
車が小さな階段を飛び越えた。地面に着地した衝撃で、乗員二人の体が跳ねた。
「とにかく、なんでも良いからアイツらを引き離して」
イハは着地時に打った尻を摩って言う。
その間に、騎兵達は何発もの銃弾を自動車に向けて放ち続けた。
「あと一発しかない」
「それで二人倒しなさい」
無茶いうな。ミズチは反論を飲み込んで、拳銃を構えて撃つ。狙いは殆ど付けていない。半ば自棄だった。
複数の銃声が路地に響き渡り、騎兵の周りに着弾。命中こそしなかったが、彼らは急減速を余儀なくされた。
「むう……」ミズチは唸り、手に持った拳銃をまじまじと見やる。
「前っ!」と、イハ。
向き直ると、銃や棒を持った集団が待ち構えていた。ボロボロになった装いは、この街の官憲の制服であった。
自動車が通過すると、警官達は急いで梯子や樽で道を塞ぎだした。
イハが車を停める。
「女剣士!」
頭に包帯を巻いた初老の警官が、ミズチへ声をかけてきた。
「執政主様のもとへ急げ。ここは我々が抑えるから」
「ここから先の道も確保した。さあ、行け。止まるな!」
荷車に載った若い警官も声をかける。彼は脚に怪我を負っているようだったが、ギラつく目は戦意に満ちていた。
「……死ぬなよ、貴様ら!」
ミズチは彼らに背を向ける。それから、イハの背中を叩いて発進を促した。
自動車が再び加速を始める。ぐんぐんと通りを走り、足止めを買って出た警官隊達から遠ざかっていく。
じきに銃声と怒号が響き始めた。
「イハ」と、ミズチは声を絞りだす。
「何よ」
「止まるな、急げ!」
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