舞うが如く10話-2「大地蔵峠」



 生首が跳ね飛んだ。

 おぞましい恐怖に直面した者でなければ作れない表情を浮かべた男の頭部が宙を舞う。

 ほんの数秒遅れて、首無しの胴体が力なく地面に倒れた。

 洋装の軍服に鉄の胸当を身にまとった骸である。


「怯むな! 敵は一人だ! 奴を殺せ!」

 決起軍兵士のネストは部下達を怒鳴り散らす。兵士達の目は、迫り来る敵への恐怖で曇っていた。

 敵は刀を肩に担ぎ、傾斜のきつい斜面を風のように駆け上ってくる。兵士達が応戦射撃を試みたが、一発も当たることなく、すり抜けてしまう。


「あの野郎!」

 ネストはほぞを噛むと同時に、心を激しく高ぶらせていた。

 敵の名はマガツ。元百鬼隊督戦隊長。かつては敬愛していた上官。しかし今は憎悪の対象。総隊長ゼクの首を刎ねて、百鬼隊を事実上、解散に導いた裏切り者。


 ようやく殺せる。またとない機会。

「さあ、来い!マガツうぅ!」

 ネストは刀を振り上げ、吠えた。


「なんで当たんねぇんだよ」

 まだ若い童顔の兵士が、単発式小銃のレバーを引き、弾を込めようとした。

 しかし、すでに敵は目と鼻の先まで迫っていた。兵士は顔を蒼白にしながらも、銃を捨てて腰の刀に手を伸ばそうとする。

 だが……遅かった。


 號ッ!


 兵士の首が根元から薙ぎ払われた。

 切り離された頭部は、鮮血の尾を引いて、老兵の足元に落ちた。


「化け物だあ!」

 老兵が背を向けて逃げようとするが、足元の首につまずいて転倒。起き上がる暇も与えられず、胸に刃を突き立てられる。

 マガツは刀を引き抜き、再び肩に担ぐ。野獣めいた双眸が、対峙するかつての部下を捉えた。

「いつから手下頼みの戦い方をするようになった、ネスト」

 と、マガツは言う。ネストは一言も言い返さない。代わりに突進という手段で応えた。


 …………


「もっと飛ばせ!」

 竜人の女剣士、ミズチが叫ぶ。彼女は自動車なる新時代の乗り物に揺られ、地蔵峠をくだっていた。運転しているのは、これまた彼女と同い年の若い女子であった。

「これで限界よ。これ以上アクセルを開けたら、エンジンがもたない」

 運転手のイハは、ハンドルを小刻みに動かしながら、車の針路を修正する。起伏の激しい下り坂は、まっすぐ走ることすらままならない。しかし、速度を緩めることはできない。

 彼女達には街へ急ぐ理由があった。

「うかうかしていると、決起軍の奴らが街じゅうで暴れ始めるぞ」

 ミズチとシキョウは、子爵のマシュマロ率いる決起軍の暗躍と叛乱の計画を、偶然知ってしまった。そして同時に、親しい者を二人喪ってしまった。

 これ以上、犠牲を増やしてなるものか。

 そのようにミズチが決心を固めていると、街の中心で黒煙があがり始めた。少し遅れて、くぐもった爆発音が耳に飛び込む。

「始まってしまった!」

 ミズチの顔が真っ青になる。

 恐れていた事態が、とうとう起きてしまったようだ。


 …………



 シキョウとネスト。二人は互いに突きを放ち、共に最小限の動きで回避。

 それから互いに攻撃の手を止め、睨む。

 不動。

 両者、にらみ合ったまま構えて、息を整える。


 そしてまた、堰を切ったかのように刀を振り回し始める。どちらも敵の間合いに入ったままの状態のままだ。

「號ッ!」

「吽!!」

 刀を振り下ろしながら敵の攻撃を避け、身を守りながら反撃へ移ろうとする。

 手を止めた方が負ける。

 奇しくも二人の剣客は同じ事を考え、剣を振るい続けていた。

 やがてネストの体が斜めに傾いだ。心なしか連打の速度も落ち始めた。

(露骨な誘いを!)

 シキョウは罠であると踏むが、敢えて乗った。

 號ッッ!

 強引に斜め下から刀を振り上げる。すると、ネストは上体を反らしながら半歩後退。すかさずシキョウは前へ踏み込んでいく。


 その時だ。


 ネストの手から、蛇めいた物体が飛び出してきた。尖った先端がシキョウの首を掠めて皮を抉り、背後へ突き抜けていった。

 紐付きの投げ矢、打音である。

 シキョウは体勢を崩しながら、力任せにネストを蹴って離す。


 一筋の血が、ゆっくりと、シキョウの首を伝った。ひくり。シキョウの瞼が僅かに震えた。


 距離を置いた二人は、音もなく刀を構え直す。

「どうした。百鬼の戦い方を見せてくれるんじゃあなかったのか?」

 ネストは静かに口を開いた。息が切れていない。至って平然としている。

「見せろよ。早く。じゃないと、つまらん」

 ふん。シキョウは不意に鼻を鳴らす。

「よく叫び、よく喋る。手より口ばかり回す愚か者め」

 ネストが真顔に戻った。

「太刀筋が鈍ったな、ネスト。昔の貴様なら、先の小細工で確実に俺の命を奪っていた。それがどうした。首の皮しか削れていないぞ?」

「……強がりは止せ」

 挑発か、痩せ我慢か。ネストは仇敵の不敵な態度を訝しんだ。

「強がりなものか。ハッキリ言ってやる。太刀筋が鈍っている。貴様は百鬼隊士の頃より弱い!」

「何だと……愚弄するな!オレはこの三年……総隊長や俺たちを見捨てた、クソ大公共へ復讐するために、牙を研いできた! 全てを捨て、鬼になった!」

「鬼になった? 笑わせる。その割に、人の言葉をペラペラ喋りやがる。そうか、そうか。そんなに惨めな野良犬に落ちぶれた自分が惨めで堪らんか」

 シキョウは目を細めて、微かに口角を上げた。

「大方、寄せ集めの決起軍の中で、ほんのちょっぴり剣の腕が良かったのだろうな。それで天狗になって、牙を研いだだのと言えるんだ」

「マガツ!」

「何度でも言ってやる。今の貴様は、弱い!」

 剣客達の間に流れる空気の色が変わった。

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